崩壊の顛末(てんまつ)
経営者が現場の改善活動を強く推進している工場がある。これをX工場と呼ぼう。このX工場では、改善活動の促進や品質の向上、安全の確保などの観点から定期的に現場パトロールが行われていた。工場長や各部署の部・課長が現場パトロールのチェックシートに基づいて確認を行い、指摘すべき事項があった場合は、職制を通じて改善指示が下される。改善指示を受けた現場は一定の期日内に改善を実施し、その結果を工場長に報告する義務が課されていた。
この活動が始まったきっかけは、数年前に実施された、厳しいことで有名な顧客からの工程監査だった。取引を始めるに当たってかなり準備したつもりだったが、実際に現場視察を受け入れてみると、想像以上に数多くの問題点を指摘されたという苦い経験があったのだ。
それ以来、工場長が主宰となって定期的な現場パトロールが行われるようになった。これにより、ルール違反の摘発や不適切な作業の指摘、設備の異常など、さまざまな現場の問題があぶり出されるようになった。そして、それらを改善することにより、生産性や品質の向上だけではなく、現場で発生していたさまざまなトラブルも減少するという成果も得た。こうして「現場パトロールは有効である」との認識が定着し、その後も継続的に実施してきたのである。
だが、実のところ、この現場パトロールは現場にとってはあまり喜ばしいものではなかった。指摘を受けるとどれほど多忙であっても是正活動を強いられるからだ。それでも結果的に設備トラブルや品質トラブルの原因が解決されるといった実績があったため、「面倒だけれど仕方ない」と現場は渋々受け入れていた。
ところが、現場パトロールの回数が増えるにつれて指摘がマンネリ化していった。そんな状態のパトロールでは新たな問題はなかなか見つからない。パトロールする管理者も「この活動をやめてはいけない」という義務感で行っていたため、指摘する内容も重箱の隅を突くようなものしか挙げられなくなった。ものが白線からはみ出している、スイッチボックスの上にホコリが付いているといった程度の指摘だ。それらは間違いではないし、是正すべきものではある。だが、現場からすれば些末(さまつ)な指摘ばかりとの印象を拭えなかった。
しばらくすると、現場パトロール後に「また今日も窓枠が汚れていると指摘された」といった愚痴にも似た会話が現場で交わされるようになった。ある日、1人の作業者が「忙しいのに、たまったものじゃないよ!」と声を上げたのをきっかけに、現場全員の不満が爆発。以来、現場パトロールでの指摘を現場は露骨に無視するようになった。