全2567文字

 震度7の前震と本震で熊本県を震撼(しんかん)させた熊本地震から5年がたつ。阿蘇大橋の崩落や斜面崩壊のあった同県南阿蘇村では復旧・復興が進み、新しい阿蘇大橋(以下、新阿蘇大橋)は先月の2021年3月に開通したばかりだ。着工からわずか4年での完成を実現させた数々の工期短縮策を振り返る。

熊本地震直後。左岸側から崩落した阿蘇大橋を望む。下を流れるのは黒川。2016年4月24日に撮影(写真:日経コンストラクション)
熊本地震直後。左岸側から崩落した阿蘇大橋を望む。下を流れるのは黒川。2016年4月24日に撮影(写真:日経コンストラクション)
[画像のクリックで拡大表示]
架設途中の新阿蘇大橋の現場。最も深い谷底に立つ橋脚の高さは97mだ。黒川の下流側から撮影(写真:大成建設)
架設途中の新阿蘇大橋の現場。最も深い谷底に立つ橋脚の高さは97mだ。黒川の下流側から撮影(写真:大成建設)
[画像のクリックで拡大表示]

 崩落した阿蘇大橋の長さは約206m。渡河部が鋼トラスド逆ランガーの構造形式だった。被災直後は近くの斜面崩壊の土砂が、橋をのみ込んだと推測されていた。しかし、その後の土木学会の調査によると、右岸側を走る推定活断層が動いて、地盤が橋を圧縮させる方向にずれて崩落した可能性が高い。

 新阿蘇大橋の計画・設計では、熊本地震と同規模の地震が起こっても甚大な被害を避けられるよう工夫を施した。例えば、推定活断層による変位の影響を少しでも抑えるために架橋位置を下流側にずらして、橋の線形を断層とできるだけ直交するよう設定。さらに、落橋しにくいプレストレスト・コンクリート(PC)ラーメン構造形式を採用した。

阿蘇大橋と新阿蘇大橋の位置。布田川断層の位置は国土地理院の活断層図を基にした。日経コンストラクションが作成
阿蘇大橋と新阿蘇大橋の位置。布田川断層の位置は国土地理院の活断層図を基にした。日経コンストラクションが作成
[画像のクリックで拡大表示]
新阿蘇大橋の耐震設計の工夫点。橋の縦断勾配の表現は省略した。国土交通省の資料に日経コンストラクションが追記
新阿蘇大橋の耐震設計の工夫点。橋の縦断勾配の表現は省略した。国土交通省の資料に日経コンストラクションが追記
[画像のクリックで拡大表示]

 新阿蘇大橋の渡河部の橋長は345m。深い谷底に3つの橋脚を建てる必要があった。当初設計では斜面上に仮設する「段差桟橋」の上で、クレーンを用いた掘削土砂の搬出や資機材の運搬を想定していた。

 ところが、阿蘇の自然条件が施工者を悩ませた。架橋地点は阿蘇外輪山の切れ目に位置するため、年間を通じて強風が吹き込むのだ。「クレーン等安全規則」によると、10分間の平均風速が毎秒10m以上でクレーン作業を中止しなければならない。この規則に基づき、実際の現場では安全側に運用して平均風速が毎秒7mで規制をかけるのが一般的だ。この現場では1週間に3日ぐらいの頻度で、毎秒7m級の風が吹いていた。

当初の段差桟橋のイメージ。渓谷が深いため、急斜面の上下に桟橋を設置する想定だった(資料:大成建設)
当初の段差桟橋のイメージ。渓谷が深いため、急斜面の上下に桟橋を設置する想定だった(資料:大成建設)
[画像のクリックで拡大表示]

 「段差桟橋では、深礎工で発生する土砂や資機材を安定して運搬できない恐れがあった。そこで、橋梁工事では実績がなかったインクラインを採用した。60tの積載能力を有する国内最大級の規模だ」。新阿蘇大橋の渡河部の上下部工事を担当した大成建設・IHIインフラ・八方建設地域維持型建設共同企業体(JV)で、現場代理人を務めた大成建設本社土木技術部橋梁設計・技術室の長尾賢二課長はこう話す。

 インクラインとは、斜面に敷いたレールの上を動く台車で物を運ぶ装置だ。新阿蘇大橋で使った台車のサイズは14m×9m。2台の大型車両を載せられる。移動に必要な時間は片道で約6分だ。「作業の中断なく資機材の運搬を進められ、工期短縮に大きな効果があった」。大成建設JVで監理技術者を務めた同社関西支店土木部土木技術部技術室の藤本大輔課長は、こう話す。

写真左に見える黄色の台車がレール上を動く。トレーラーやダンプトラックなどを2台まで積める(写真:大成建設)
写真左に見える黄色の台車がレール上を動く。トレーラーやダンプトラックなどを2台まで積める(写真:大成建設)
[画像のクリックで拡大表示]