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 青森県八戸市で2021年11月3日、「八戸市美術館」が開業した。市の中心部に位置する絶好のロケーションで、白っぽい建物は目を引く。美術館の前には大きな広場を設け、市民が気軽に立ち寄れるように工夫している。

2021年11月3日に開業した「八戸市美術館」。市街地の中心部にあり、徒歩5分圏内に「八戸ポータルミュージアム はっち」「八戸まちなか広場 マチニワ」「八戸ブックセンター」「八戸市公会堂」などの文化・観光施設や飲食店が集積している(写真:日経クロステック)
2021年11月3日に開業した「八戸市美術館」。市街地の中心部にあり、徒歩5分圏内に「八戸ポータルミュージアム はっち」「八戸まちなか広場 マチニワ」「八戸ブックセンター」「八戸市公会堂」などの文化・観光施設や飲食店が集積している(写真:日経クロステック)
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美術館の前には大きな広場「マエニワ」「オクニワ」を設けた。あちこちに座れる場所がある。開業日には広場にキッチンカーが駐車し、店舗営業していた(写真:日経クロステック)
美術館の前には大きな広場「マエニワ」「オクニワ」を設けた。あちこちに座れる場所がある。開業日には広場にキッチンカーが駐車し、店舗営業していた(写真:日経クロステック)
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 八戸市美術館の設計者は、西澤徹夫建築事務所・タカバンスタジオ設計共同体である。八戸市新美術館建設工事設計者選定プロポーザルで選ばれた。

 美術館は地上3階建てで、高さは約19m。構造は鉄骨造。敷地面積は6732.14m2、建築面積は3080.21m2、延べ面積は4844.95m2。施工は鴻池組・田名部組・東復建設JVが手掛けた。建物の工事費は約32億円。

 11月3日の開業当日には、オープン前から市民が行列をつくる盛況ぶりだった。

オープン初日、小雨が降る中、開業の時間前から入場待ちの列をつくる市民。関心の高さがうかがえる(写真:日経クロステック)
オープン初日、小雨が降る中、開業の時間前から入場待ちの列をつくる市民。関心の高さがうかがえる(写真:日経クロステック)
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ドアオープンセレモニーでは、地元を代表する祭り「八戸三社大祭」で行列を導く法霊神楽一斉歯打ちが披露された。三社大祭は約300年の歴史がある(写真:日経クロステック)
ドアオープンセレモニーでは、地元を代表する祭り「八戸三社大祭」で行列を導く法霊神楽一斉歯打ちが披露された。三社大祭は約300年の歴史がある(写真:日経クロステック)
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 開業前日の11月2日には、関係者が出席する開館記念セレモニーも開催された。小林眞八戸市長(21年11月10日時点)や美術館の佐藤慎也館長らがあいさつ。セレモニー後には記者会見も開かれ、設計者を代表して西澤徹夫建築事務所の西澤徹夫代表も市長や館長と共に出席した。

開業前日の記念セレモニー。八戸市長の小林眞氏や館長に就任した佐藤慎也氏らがあいさつした(写真:日経クロステック)
開業前日の記念セレモニー。八戸市長の小林眞氏や館長に就任した佐藤慎也氏らがあいさつした(写真:日経クロステック)
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セレモニー後の記者会見には、設計者を代表して西澤徹夫氏(左から2番目)も出席(写真:日経クロステック)
セレモニー後の記者会見には、設計者を代表して西澤徹夫氏(左から2番目)も出席(写真:日経クロステック)
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 西澤氏は「5年越しのプロジェクトが完了した。コロナ禍に完成できたことを含め、感慨深い」と本音を漏らす。同氏は20年5月に開館した、京都市の「京都市美術館(京都市京セラ美術館)」の改修の基本設計を、師匠である青木淳氏と共同で手掛けた実績がある。

 今回の八戸市美術館の開業で2年続けて、設計に関わった美術館がオープンしたことになる。京セラ美術館の改修は評価が高く、この1年で数々の建築賞に輝いている。

 建物の特徴は「ジャイアントルーム」という巨大な多目的空間を、館内への入り口に直結するように設けたことだ。ここは最大の展示スペースであると同時に、市民が活動して作品を生み出すアートファームの場と位置付けている。記念セレモニーのようなイベント会場にもなるし、館内の多様な部屋に通じる廊下でもありエントランスホールでもある。

 ジャイアントルームの名付け親である西澤氏は会見で、「機能が定まっていない空間」と説明していたのが印象的だった。開館記念となる最初の展覧会「ギフト、ギフト、」では、ジャイアントルームを介して各展示室に移動できるようにしている。

 ここは入場を待つ人たちの待機スペースにもなる。雨にぬれずに済むし、寒さもしのげる。開業前は展覧会のアート制作現場やスタッフの研修現場にもなっていた。

最初の展覧会「ギフト、ギフト、」の作品配置図。1階にある個室を巡るように作品を展示した。個室を結ぶ廊下のようなスペースも展示空間にしている(写真:日経クロステック)
最初の展覧会「ギフト、ギフト、」の作品配置図。1階にある個室を巡るように作品を展示した。個室を結ぶ廊下のようなスペースも展示空間にしている(写真:日経クロステック)
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 ジャイアントルームは約834m2ある。その東側にある最大の展示室「ホワイトキューブ」よりも広い。天井は一番高い所で約17mある。ジャイアントルーム上部の大きなハイサイドライトからは光が差し込み、日中は部屋がかなり明るい。

ジャイアントルーム上部のハイサイドライトから光が差し込む。トラス構造が模様に見える(写真:日経クロステック)
ジャイアントルーム上部のハイサイドライトから光が差し込む。トラス構造が模様に見える(写真:日経クロステック)
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2階の通路からジャイアントルームを見下ろす(写真:日経クロステック)
2階の通路からジャイアントルームを見下ろす(写真:日経クロステック)
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北東側からジャイアントルームを見る。現代美術家の田村友一郎氏は天井高が17mあるジャイアントルームにあえて低い天井を上からつるし、その下に作品を展示した。低い天井と柄の床は古いデパートを模したもの。最近の「ギフト」はデパートからではなく、熱帯(アマゾン)から届くというユーモアあふれる映像を制作した。天井のスピーカーからはジャングルの音が聞こえてくる(写真:日経クロステック)
北東側からジャイアントルームを見る。現代美術家の田村友一郎氏は天井高が17mあるジャイアントルームにあえて低い天井を上からつるし、その下に作品を展示した。低い天井と柄の床は古いデパートを模したもの。最近の「ギフト」はデパートからではなく、熱帯(アマゾン)から届くというユーモアあふれる映像を制作した。天井のスピーカーからはジャングルの音が聞こえてくる(写真:日経クロステック)
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 ジャイアントルームは多様な使い道に対応できるよう、固定の仕切りを設けていない。代わりに可動式の家具と巨大なカーテンで、空間を緩やかに仕切れるようにしている。

ジャイアントルームは可動式の家具と長さが9mある複数のカーテンで空間を緩く仕切り、様々な用途に対応する。床にはレールが敷かれている。カーテンは安東陽子デザインが担当(写真:日経クロステック)
ジャイアントルームは可動式の家具と長さが9mある複数のカーテンで空間を緩く仕切り、様々な用途に対応する。床にはレールが敷かれている。カーテンは安東陽子デザインが担当(写真:日経クロステック)
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 そもそも、ジャイアントルームはどのようにして生まれたのか。それは八戸市美術館が「世界でも珍しいアートファームを前面に押し出した施設を体現するためだ」。佐藤館長はそう説明する。

 市民が主役になってアートを制作したり展示したりする場としての美術館を標榜しており、「ジャイアントルームは市民の力が試される空間でもある」(佐藤館長)。

 佐藤館長は、日本大学理工学部建築学科教授である。建築の専門家として、美術館のプロポ審査に関わった経緯がある。アートファームという他に例が少ない美術館を運営していくに当たり、「ソフト(コンテンツ)だけでなく、ハード(美術館)の使い方も熟知している佐藤氏に館長をお願いした」と、小林市長は語る。

館長の佐藤氏は、日本大学理工学部建築学科教授だ。16~17年に「八戸市新美術館建設工事設計者選定プロポーザル審査委員会」の副委員長を務め、17年からは「八戸市新美術館運営検討委員会」の委員でもあった(写真:日経クロステック)
館長の佐藤氏は、日本大学理工学部建築学科教授だ。16~17年に「八戸市新美術館建設工事設計者選定プロポーザル審査委員会」の副委員長を務め、17年からは「八戸市新美術館運営検討委員会」の委員でもあった(写真:日経クロステック)
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 八戸市美術館は約3000点のコレクションを収蔵しているが、国内外の有名アーティストの作品があるわけではない。目玉になるコレクションがあれば、その見せ方を考えて美術館をつくればいい。だが八戸市美術館はそうではない。

 一方で、八戸には自らものづくりに携わる人が大勢いる。三社大祭の「風流山車」は市民の手づくりだし、八戸は長距離トラックを派手に飾る「デコトラ」発祥の地ともいわれている。太平洋に面する港町で、船に掲げる旗などは漁師が自ら制作に関わってきた。

 こうしたユニークで手先が器用な人たちを呼び込み、美術館で新しい価値を生み出す。小林市長や佐藤館長が目指すアートファームの姿だ。美術館を名乗ってはいるものの、地元の教育・交流施設としての色合いが濃い。

 そんな新しい美術館の在り方に共感したのが、西澤氏とタカバンスタジオの浅子佳英氏、そしてアーティスト・イン・レジデンス「PARADISE AIR」のディレクターである森純平氏だった。3人は共同で、美術館のコンセプトに沿った空間をプロポで発表した。多目的な大部屋のジャイアントルームと、専門性に特化した小さな個室群の組み合わせは、そのときから変わらない。

プロポで美術館のコンセプトに沿った空間の在り方を提案した3人。左からタカバンスタジオの浅子佳英氏、西澤徹夫建築事務所の西澤氏、PARADISE AIRの森純平氏。建物と広場の設計は西澤徹夫建築事務所・タカバンスタジオJVが手掛けた。森氏は音響アドバイザーを務めている(写真:日経クロステック)
プロポで美術館のコンセプトに沿った空間の在り方を提案した3人。左からタカバンスタジオの浅子佳英氏、西澤徹夫建築事務所の西澤氏、PARADISE AIRの森純平氏。建物と広場の設計は西澤徹夫建築事務所・タカバンスタジオJVが手掛けた。森氏は音響アドバイザーを務めている(写真:日経クロステック)
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 3人は最初の展覧会で会場構成も担当。作品まで制作し、ホワイトキューブに自ら展示した。そうすることで、ジャイアントルームや各個室の使い方を市民に例示してみせた。

八戸の歴史や文化などの関連性を可視化した作品。西澤氏と浅子氏、森氏が制作・展示した。同時に美術館の使い方を示している(写真:日経クロステック)
八戸の歴史や文化などの関連性を可視化した作品。西澤氏と浅子氏、森氏が制作・展示した。同時に美術館の使い方を示している(写真:日経クロステック)
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 展覧会に参加したアーティストとも展示方法を語り合った。西澤氏と浅子氏は展示の自由度を高める工夫を、随所に埋め込んでいる。回転して向きを変えられる浮かせた仕切り壁も、その1つだ。

映画「浅田家!」の主人公のモデルとされる、写真家の浅田政志氏の作品展示。この部屋「ギャラリー2」の中央には、角度を自由に変えられる、天井からつった仕切り壁がある。展示にも使える(写真:日経クロステック)
映画「浅田家!」の主人公のモデルとされる、写真家の浅田政志氏の作品展示。この部屋「ギャラリー2」の中央には、角度を自由に変えられる、天井からつった仕切り壁がある。展示にも使える(写真:日経クロステック)
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