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 県の陸上競技場を計画地である公園と一体化させる。「世界初」の試みになり得ると評された長野県松本市の松本平広域公園陸上競技場案は、どのように導き出されたのか。プロポーザルの最適候補者となったAS(アズ、設計JVの1社)の青木淳、品川雅俊両氏と、スポーツ建築の専門家として審査に加わった上林功氏に、スタジアムの歴史を踏まえて語り合ってもらった。

左から、AS パートナーの品川雅俊氏、同・青木淳氏、追手門学院大学社会学部准教授の上林功氏(写真:西田 香織)
左から、AS パートナーの品川雅俊氏、同・青木淳氏、追手門学院大学社会学部准教授の上林功氏(写真:西田 香織)
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●2020年7月、長野県主催の松本平広域公園陸上競技場整備事業基本設計プロポーザルの2次審査で青木淳建築計画事務所(現AS)・昭和設計JV案が勝ち残った。固定観念を打ち破る案を審査側が積極的に評価した。

青木 今回の案は個人的な経験から出発しています。自分の子どもがサッカーをやっていて、小さい頃からグラウンドに通っていました。たいていそこにはグラウンドしかなく、サッカーだけやって帰ってくるわけです。

 ところが、中目黒公園(東京・目黒)というところにはグラウンドと造園の庭が一緒にあるんです。そうすると、運動に来ている子たちや保護者と植物の管理に関わっているボランティアの人たちが交じり合う。

 あいさつをしたりしているうちに試合に興味を持って見に来てくれたり、こちらも苗を買ったりするようになる。交流を意図してつくられたわけではなく、たまたまの結果です。ですが、とてもいい感じの場所でした。

 だから前々から、スポーツに来る人たちと違う目的で来る人たちの間に交流が生まれるといいなと思っていました。そのままの形では実現には至りませんでしたけれど、大宮前体育館(東京・杉並、2014年開館)のプロポーザルでも、体育館として閉じずに公園でもある施設を提案しました。

 今回の場合は、陸上競技場がそもそも公園の中にあるんです。改築するなら、まずは公園に対して閉じた施設ではなく、公園と共鳴し合う施設になったらいいな、と。公園に来た人が自然に陸上競技に興味を持てるにはどうしたらいいかと考えました。

上林 公園化という狙いが面白いですね。

 日本のスタジアムは土木と建築の間で揺れ動き、どっちつかずのまま続いてきた経緯があります。黎明(れいめい)期には地場の工務店が土木構築物のような形でつくっていました。比較的開かれた公園に近いものだったはずです。

 やがてスタジアムが建築物として確立します。ある意味で不幸だったのは自治体が土木と建築を明確に分けて扱っている結果、公園を整備し、その中にスタンドをどんと置く。別個のものとしてつくる格好になってしまいました。

 今回の案は、周りにある公園の空気がスタジアムの中にうまく流れ込んでいると感じます。同化するような風景がプレゼンテーションから伝わってきました。

青木 おっしゃるように我々の提案は建築物である前に、そこでスポーツが行われ、またそれを見る人たちがいるという根本的なところにまで遡っています。そのときに空間はどうつくられればいいのか、土木か建築かという先入観を外して考えてみようとしました。

青木 淳(あおき じゅん)氏/AS パートナー
青木 淳(あおき じゅん)氏/AS パートナー
1956年神奈川県生まれ。東京大学修士課程建築学修了。91年青木淳建築計画事務所設立。2020年事務所をASに改組。代表作に「潟博物館」「青森県立美術館」など。19年京都市京セラ美術館館長に就任(写真:西田 香織)
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 もちろん、ここで陸上競技をする人たちにとっては高揚感が大切ですから、それを生み出すデザインは必要です。ですが、それは単に囲まれるという方法に限るわけではない。開かれていても可能な方法があるのではないかと考えたのです。

上林 模型を拝見したときに思い浮かんだのがミース(・ファン・デル・ローエ)のファンズワース邸でした。水平に延びる屋根の印象もありますが、周りを囲む森との関係からの連想です。

 土木的な操作のランドスケープのような空間であっても、スタンドも屋根もつくらないといけない。そこで造形力を示そうとするのではなく、非常にシンプルにまとめようとされていますね。

青木 なるべくモノとして自己主張せず、大見得(おおみえ)を切った形態にせず、演出過多にせず、空間そのものにスポーツ会場としてふさわしい空気をみなぎらせたいと思っています。

品川 新しい提案を目指しながらも、試行錯誤するうちにパナシナイコスタジアム(第1回近代オリンピックが開かれたギリシャの競技場)であるとかのスタジアムがまだ地形や土木の延長にあった頃の競技場を参照するようになりました。青空の下でやる陸上競技の原風景を思い描くなら、その辺りに回帰するのは自然なことのように思ったのです。

青木 海外を見ると、閉じていないスタジアムが割と最近ありますね。ヘルツォーク&ド・ムーロンの手掛けたフランス・ボルドーのスタジアムは、スタンドの裏側が開かれた外部空間になっています。

品川 スペイン・バルセロナのカンプ・ノウ(改修事業、進行中)も、街に面して庇(ひさし)やテラスを設けています。ただ、多くの観客を収容するためには競技フィールドに向かってスタンドをいったん閉じざるを得ない。このように閉じながら外側に向けたスペースをつくるという例はありますけれど、フィールドからスタンド、周辺環境までがつながったスタジアムはなかなか見当たりません。

 その点、今回のスタジアムは規模が小さく、立地や使い方からみても、そこまで踏み込んだ提案ができる可能性がありました。

青木 そこが、今回の挑戦ですね。大会時にしっかりと区画ができることが前提になりますが、観戦するときの「敷居」をできる限り低くし、公園から競技場までの体験をスムーズに変化させていければと考えています。そうすれば、大会が開催されていないときも競技場が公園の一部として感じられるようになる。

 例えば、松本空港を取り巻くこの公園には1周10kmのランニングコースが設けられていますが、そこを走る人に、スタジアムの脇を走り抜けていきたいと思ってもらえるとか。スポーツを介し、いろんなタイプの人が関わる可能性を開きたいと考えていました。

(資料:ASの提供資料を基に日経アーキテクチュアが作成)
(資料:ASの提供資料を基に日経アーキテクチュアが作成)
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