「そういう場所が日本にできるとしたら、ここしかないでしょう」。「つくば市を日本のシリコンバレーにするのか」との問いに、同市市長の五十嵐立青氏はこう答えた。数々の研究機関や大学が軒を連ねる同市は、そこで培われた先進技術を、社会課題の解決に積極的に生かす構えを見せる。単なる実証実験にとどまらず、スタートアップの育成が大きな狙いである。その先に描くのは、シリコンバレーも顔負けのベンチャー企業の集積地になる同市の未来像だ。パブリテック(=パブリック×テクノロジー)連載の第4回は、一連の取り組みの中心人物である五十嵐市長に、つくば市ならではの技術の生かし方を聞いた。(聞き手は今井 拓司=ライター)

技術を使って社会問題を解決する取り組みとして具体的にどのようなことをしているのか。
街づくりのビジョンとして「世界のあしたが見えるまち」を掲げて、さまざまな取り組みをしている。全体像を示すのはなかなか難しいが、例えば政府が推進するSociety 5.0の実現に向けた各種の実証実験を支援する制度がある(つくばSociety 5.0社会実装トライアル支援事業)。毎年5件の提案を選び、それぞれに専任の担当者を付けて、1年間支援している。上限100万円の経費負担や実験の参加者(モニター)のあっせん、大学・研究機関とのマッチングなどを提供する。視覚障害者などに音で道案内をする「聞こえる地図」を市内のショッピングモールに設置したり、印刷できる温度センサーを日本酒の輸出管理に生かしたりといった、色々な実証実験を支援してきた。
2018年度に支援する案件を絞り込む際には、専門家の審査に加えて、マイナンバーカードとブロックチェーンを利用して一般市民に投票してもらう試みも実施した(発表資料)。マイナンバーカードで本人確認をし、ブロックチェーン技術で改ざんを防ぐ仕組みだ。将来の電子投票を先取りした実験と言える。実はこの取り組みは、前年の支援事業に応募して採択に漏れたものだったが、資金支援は受けられなくても実験をさせてほしいと言われて無償で実施してもらった。

個別の案件では、ドローンを使ったイノシシ対策がある。手始めに、赤外線カメラを搭載したドローンで、市内の北部4地区にどれくらいの数のイノシシが生息しているのかを調査した。多くの自治体がイノシシの被害に悩まされているが、これまではどこに何頭いるのかすら分かっていなかった。
他にもモビリティー関連では、ずいぶん以前から企業や研究機関と共同研究をしている(つくば市超小型モビリティ事業、つくばモビリティロボット実証実験推進協議会)。移動に制約のある人たちが、好きな時に不自由なく出掛けられるようになる社会を目指して、つくば市ではこれまでも移動や荷物の運搬を支援するさまざまな実証実験や法制度の整理に取り組んできた。その成果として、4月22日に、産業技術総合研究所とスズキの協力のもと、「電動車いすの自動運転」の実証実験を全国に先駆けて実施した(発表資料)。
研究機関や企業から提案を受け付ける部署はあるのか。
窓口になる「未来共創プロジェクト」を4月15日に立ち上げたばかりだ(発表資料)。それまでは、この制度を担当する政策イノベーション部の科学技術振興課をはじめ、個別の部署に案件が持ち込まれていたが、よりスムーズに話が進むように窓口を一本化した格好だ。特に課題は絞らず、年間を通して広く提案を受け付ける。ちなみに政策イノベーション部は私が市長に就任してから立ち上げた部署で、科学技術を市民の生活に役立てることを目指している。
個別の課題に対して解決策の提案を募集する制度としては「イノベーション・スイッチ」がある(発表資料)。主に市役所の業務効率の改善を狙った制度で、第1弾として市民税課や市民窓口課の業務へのRPA(Robotic Process Automation)の導入を進めた。作業時間が8割近く減った業務があるなど大きな成果が上がったので、現在では7つの課の27業務に導入している。