「土壁」に関するこれまでの2回の記事を踏まえ、建築史家の伏見唯氏にこの技術の今後を展望してもらう。土壁の歴史は長い。土壁をつくるノウハウは、あらかじめ考案されていた理論というより、無数の実践を経て、少しずつ形成されていったものだろう。そのため、実践のうえでは何百年も効果が確かめられてきたノウハウであっても、理論が明快ではないこともある。輿石直幸・早稲田大学教授の研究は、そうしたノウハウに理論的な裏付けを与えるものだ。(全3回のうちの第3回)
職人の技は、AI(人工知能)と似たところがあるのではないか。
将棋AIがプロ棋士に勝利できるようになったのは、過去にプロ棋士が指した数万の棋譜を基にして、良い手と悪い手を比べ、プロと同等の手が指せるように機械学習をさせた成果だという。今や日常の中でも、日用品の買い物において、購入履歴を基にユーザーの嗜好を学習したウェブ広告が用いられるなど、大量のデータが、知を形成する源泉として活用されている。
同じく人間の知の体系にも、「経験」や「伝承」など、過去のデータを生かしたものがたくさんある。職人のノウハウもまた、自身の人生の中で何度も何度もトライ・アンド・エラーを重ねて培われた情報の集積であろう。さらに、その情報は一代のみならず、何代にもわたって相伝されていく中で、淘汰と洗練がなされていく。そのノウハウは、現実には職人個人の体に刻まれているとはいえ、その知が形成される過程を思えば、一種のビッグデータの産物なのではないか。
無数の職人がただただ質を求めて、生を全うしながらも、次代に記憶をつなごうとする営みの連鎖は、まるで人類全体の集合知が、機械学習しているかのようだ。