前回の記事(垂直農法に代替プロテイン、海外でフードテックが盛り上がる理由)では、米国における食にまつわる社会課題解決や、現行のフードシステムに対する不信感に対して、テクノロジーをどう使えばいいのか、という議論について述べてきた。今回は視点を変え、フードテックがどんな新しい価値を創造しようとしているかについて述べる。
調理ロボの価値は効率化だけじゃない
今、米国では「食×ロボット」分野への注目が高まっている。その表れとして、2019年4月16日にフードロボット(調理ロボット)に特化したカンファレンス 「ArticulATE」がサンフランシスコで開催された。このカンファレンスは、フードテックの専門イベント「Smart Kitchen Summit」の創設者であるMichael Wolf氏が開催したものだ。
米国市場でロボットが注目されている背景には、飲食店が抱える「賃金問題」がある。飲食店で働く人たちの賃金は決して高くない。加えてバックエンドで働く人たちはチップももらえないことから、仕事へのインセンティブがとても低いようだ。そのため、バックエンドの仕事を代行してくれるロボットへの関心が高まっている。一方で、「AI(人工知能)やロボットが人間の職を奪うのではないか」という議論が今年(2019年)1月のテクノロジーの見本市「CES」で巻き起こったように、調理のデジタライゼーションに対しては懐疑的な見方も出てきている。こうした多様な観点の議論が起きている現状を見て、Michael氏はこのイベントの開催を決めたそうだ。
このArticulATEだが、200人規模の1日限りのカンファレンスで、食×ロボットのサービサー(レストラン向けレンタルロボットなどのサービスを展開している事業者)、リテーラー、投資家など多様なプレーヤーが参加。終日、小売・飲食業での課題、ロボットの親和性と留意点、ロボットの提供価値、投資家の視点などの内容で間断なくセッションが繰り広げられた。
特に面白い見方、新しい潮流だと感じたのが、「フードロボットの価値は効率化だけではない」というメッセーである。フードロボットというと、前述したように業務を自動化したり、効率化・省人化に貢献したりするイメージが強い。もちろん、そうした用途も討議されていたが、今回の討議では、効率化だけでなく、そこに「生活者の体験向上」「データ獲得」という2つの価値を加えた議論がなされていた。
「生活者の体験向上」にも幾つか観点がある。まず欠かせないのは「おいしさ」の再現。こちらは、調理工程をとことん突き詰めてプロセスをデータ化することで、ロボットにトップクラスのシェフの技を再現できるようにする。さらに、「楽しさ・面白さ」という観点がある。例えばロボットが調理工程中に面白い動きをしたり、あるいはロボットが調理している間に、スタッフが今日使う食材の話題を伝えたり、細やかな接客サービスを提供したりすることもできるようになる。
実際、ロボットが調理工程のすべてを行うハンバーガー・レストランを展開する米クリエイター(Creator)は、調理はロボットに任せ、スタッフは顧客満足度を高めることに集中させる思想を持って事業に取り組んでいる。自動コーヒー・ベンディング・マシンを開発し、ロボットがコーヒーをいれる喫茶店をサンフランシスコに開いた 米Cafe Xテクノロジーズ(Cafe X Technologies)も同じだ。コーヒーをドリップしている間、ロボットアームがまるで踊っているかのような動きをする。この様子を子どもたちが喜んで見ており、親としても子どもに退屈な思いをさせずにコーヒーを買いに来ることができるようだ。
「データ獲得」については、ロボットを導入し、顧客からの注文を受けるインターフェースをWebサイトやスマホアプリにすることで、顧客の属性や嗜好データを取得できるようになる。こうしたデータを生かし、次のおすすめ商品、追加オプションなどを的確に提示できるようになる。前述のCafe Xはタブレット端末で注文できようにして、ユーザーの属性や嗜好データを入手し、オプションの提示などに生かしている。こうした新たな提供価値を考える上で重要なのは「人間がすべきことと、ロボットが代行したほうが良いこと」を切り分け、いかに生活者体験を向上させるかだ、と筆者は考える。ロボットを通じてどのような体験が実現されていくか、引き続き「食×ロボット」の市場に注視していきたい。