全5309文字
PR
COBOLは2019年で生誕60年目を迎えた。その歴史を振り返ると、まさに波瀾万丈(はらんばんじょう)といっていい。そこで「還暦」となった今、改めてその歴史をたどってみよう。

 COBOLの正規名称は「共通事務処理用言語(Common Business Oriented Language)」である。米国防総省が設立した標準言語策定委員会(CODASYL:Conference On Data Systems Languages)が開発した、事務計算処理用のプログラミング言語だ。

 以下は、COBOL関連の主な出来事である。まさに波乱万丈の歴史と言える。実はCOBOLには2つの誕生日がある。一つは開発元のCODASYLがCOBOLという名称を決定した1959年9月。もう一つは、公的な仕様書「COBOL-60」が発表された1960年4月だ。多くの場合、COBOLの誕生日といえば前者を指すので、本記事でも前者を誕生日として採用したい。

COBOLをめぐる主な出来事
COBOLをめぐる主な出来事
[画像のクリックで拡大表示]

生みの親は女性エンジニア

 COBOLの誕生時から振り返ってみよう。プログラミング言語の開発者というと男性が多いイメージだが、実はCOBOLの生みの親は女性エンジニアである。彼女の名はグレース・マレー・ホッパー(Grace Murray Hopper)氏。1906年生まれ(1992年死去)だ。イェール大学大学院で数学博士号を取得した計算機科学者であり、米海軍所属の軍人(最終階級は准将)だった。

COBOLの生みの親であるグレース・マレー・ホッパー氏
COBOLの生みの親であるグレース・マレー・ホッパー氏
(出所:Getty)
[画像のクリックで拡大表示]

 ホッパー氏には、一つの目標があったといわれている。それは「機械語やアセンブリ言語ではなく、英語に近い自然言語でプログラミングできるように(開発)言語を進化させる」というものだった。

 1950年代後半の事務処理用言語は、ハードウエアの開発メーカーごとに異なっていた。しかも機械語やアセンブリ言語が中心で、プログラミングはコンピューター技術者だけが扱える高度な専門領域と見なされていた。

 そこでホッパー氏は、1957年に高度なコンピューター知識がない人でもプログラミングできるコンパイル言語「FLOW-MATIC」を開発した。この言語は、英文に近い表記でプログラミング可能であり、記述したプログラムはコンパイラで機械語に変換できた。

 同時期に米国国防総省は、事務処理分野へのプログラミングを普及させるために、政府機関やメーカー関係者で構成される「CODASYL(コダシル)」を設立。事務処理分野で利用する言語の規格統一と標準化を目指すことにした。

 FLOW-MATICを開発したホッパー氏も、CODASYLに深く関与することになった。そして1959年、ホッパー氏が開発したFLOW-MATICをベースに、CODASYLが開発したプログラミング言語が「COBOL」である。これによって、米国政府の事務処理システムは全てCOBOLで納品されることになった。その後、事務員や官吏でも扱える事務処理用言語として、世界中で急速に普及することになる。