全3020文字
PR
中村大介
中村大介
高収益化支援家、弁理士

 「これまで研修を含めていろいろなことをしてみたのですが、社員の出す提案がいまひとつだったんですよね」。機械業を営むA社の社長(A社長)がこうこぼしました。

 A社の会議室に行ったのは、数年前の夏の暑い時期(当時は新型コロナウイルス禍の前で、Web会議の発想はありませんでした)。A社長が私のセミナーに参加したことをきっかけに訪問することになり、打ち合わせで会社の課題について話し合いました。

 私はA社の状態を確認するために幾つかの質問を用意していました。これまでの新規事業の取り組みやそれを支える制度などについてです。私が質問してA社長が回答するというスタイルで話を進めていきました。会話を通じて、A社長は精力的に活動する営業パーソンタイプの経営者という印象を受けましたが、オーナー社長にありがちな独断専行型ではありませんでした。

 自身がサラリーマンだった経験もあることから、研修や人事制度などを整えることには大変気を使い、A社は中小企業でありながら大企業並みの研修制度などを整えていました。

 研修などを行えば人が育つと言います。皆さん、さぞやA社には素晴らしい社員が育っているのだろうと思うのではないでしょうか。私もそう思いました。A社長主導の下、これだけの制度が整っているので、何の問題もないだろうと思ったのです。しかし、実態は逆でした。

 どういうことでしょうか。A社は自動車業界の産業ピラミッドに属しています。自動車の産業ピラミッドは長く安泰な状態が続いていましたが、よく知られている通り、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)の波が押し寄せています。A社の製品はCASE化により不要になると予想されていました。

 こうした背景から、A社の課題は新規事業でした。A社は既存事業が傾く中で、新しい事業を見いだそうとしていたのです。もちろん、既存事業で培った技術はあるので、そうした技術を生かした新規事業の創出です。

結果が出ない原因は何か

 新規事業を創出するためにA社長が取り組んだことの1つに、社員の研修がありました。それにより、アイデア発想の方法を学ばせようとしたのです。A社と長く付き合いがあるコンサルタントが担当した研修でしたが、その結果がいまいちだったというのは冒頭に示した通りです。

 A社長の名誉のために書きますが、A社長は面倒見の良い人です。研修内容はA社長も関わったというほど念を入れたものだったそうです。しかし、何度かアプローチを変更して試しても結果は同じ。これでは、望むような結果は出ないということで私のセミナーに来場したということでした。

 Aの社長の話を聞いていると、私には新規事業のテーマ創出には「欠けたパーツ」があるのが分かりました。ちょうど図1のようなイメージです。

(作成:筆者)
(作成:筆者)
[画像のクリックで拡大表示]

 でも、A社長には「欠けたパーツはない」という認識でした。研修の経緯について聞いたところ、A社長は次のように話してくれました。「コンサルタントから『研修をして人を育てていないから、結果が出ないのだ』という指摘を得たので、研修をしてみました」と。

 そこで私は、「今の社員がレベルアップすれば事が済むと考えていますか?」と尋ねました。すると、A社長は顔を上げて思案していました。

A社長はどのような事業を目指していたのか

 沈黙を破るように「A社長はどのような事業をイメージしていますか」と私が聞いたところ、A社長はさらに考え込みました。しばらくして「自動車産業はCASE化していく。この流れに先手を打てるようになりたい」という趣旨の話をし始めました。ここから次のように話が進みました。

私:「さらに具体的なイメージはありますか?」

A社長:「それ以上はありません」

私:「では、先日実施した研修は、そのようなイメージを具体化するものだったのですか」

A社長:「いや、そうではなく、アイデア発想の研修でした」

私:「そうでしたか。では、CASEに先手を打つのに必要な技術を持っている人材はいるのですか」

A社長:「いない、ということになります。中村さんの言うことが分かってきました」

 勘の鋭いA社長は気づいたようです。私がA社長に気づいてほしかったのは、「新規事業に必要な資源を投入しているか」ということでした。当然の話ですが、やるべきことをきちんとやらなければ結果など出ません。A社では、従来事業の人材にいくらアイデア発想の教育をしたとしても、出てくるのは延長線上にあるようなものしかなかったのです。

 重視しなければならないのは、間違ったことをしていても「しているつもり」になってしまうことです。しているつもりでやると、結果が出ない期間が長くなり、他社と比較して成長が遅れてしまいます。