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中村大介
中村大介
高収益化支援家、弁理士

 「業務が忙しくて新しいことができない」と、さまざまな所で耳にします。新規事業に限らず、会社で何か新しいことを始めるときに問題になるのは時間です。

 「新しいことをやらなければならないと散々言っているのですが、なかなか応じてもらえません」とは、A社の研究開発部のトップであるTさんの言葉です。私はA社と新型コロナウイルス禍の前から取引があります。この言葉は数年前にA社の会議室で聞いたものでした。

 Tさんは技術者出身の研究開発部のトップ。A社の企業規模は大きく、社員数は数千人です。この会社を船に例えるならば、タンカーのようなイメージ。舵(かじ)を切っても思うように曲がってはくれないのでしょう。それが「なかなか応じてもらえない」という言葉に表れています。

 私が気になったのは、Tさんの「応じてもらえない」という言い方でした。Tさんの方が役職が上のはずですが、「もらえない」というのに違和感を覚えたのです。しかし、A社の事情を聞くにつれ、「なるほど」と思えるようになりました。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
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 どういうことかといえば、A社では研究開発部の仕事のほとんどが事業部から依頼されたもので、研究開発部独自の仕事は少なかったのです。そのため、研究開発部の裁量で進められることがほとんどありません。そうした状態では「新しいことをやってほしい」というのがいくら研究開発部のトップからの指示だったとしても、現場はなかなか応じてくれないということでした。

 例えば研究開発部の課長クラスの目には、Tさんにはあまり権限がないように映っていたかもしれません。「お飾り」と言うと言葉は悪いですが、そのように感じていたのでしょう。なぜなら、実質的に仕事の評価を決めるのはTさんではなく事業部だからです。

 つまり、事業部に評価されれば課長は評価されます。Tさんの言うことを聞いたからといって評価されるわけではないのです。すると、課長はTさんの言うことは聞かずに事業部の仕事を優先しますよね。

会社としてどうすべきか

 これはよくある話です。新規事業に取り組まなければならない場合、多くの人が「研修をすれば何とかなるのでは」という考えで問い合わせをくれますが、研修だけで済むのであれば、多くの会社が新規事業に成功しているはずです。

 実際にA社も過去に研修を行っていたそうです。知財の研修やテーマの創出研修などを実施し、人材開発を進めていたにもかかわらず、研究開発部発の新しいテーマが出てこないことをTさんは嘆いていました。実はA社の場合、この研修にも現場からの抵抗があったそうです。「事業部から依頼された仕事が忙しい」「研修などに時間を割いている余裕はない」という現場の声があったというのです。

 Tさんは部下の声をよく聞くタイプのトップです。現場の声を丹念に聞き、会社の状況も説明した上で研修の導入に踏み切ったのですが、研修は期待通りの成果を上げなかったそうです。

 研修後、Tさんが「新しいことをやるように」という指示を与えても「梨のつぶて」で困っていました。「社長はどうおっしゃっているんですか」と私が聞いたところ、Tさんは間髪入れずに「社長は新しいテーマを創出するように言っています」とのことでした。

図1●A社で起こっている問題
図1●A社で起こっている問題
(作成:筆者)
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 A社で起こっている問題を図にすると、図1のようになります。一言で言えば、統一感がないのです。社長や研究開発部トップであるTさんの意思が反映されない組織であるといえるでしょう。