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中村 大介
中村 大介
高収益化支援家、弁理士

 「それは明確になっていませんし、今まで計算したこともありません」。Bさんはきっぱりとこう言いました。Bさんの上司に当たる最高技術責任者(CTO)はお茶を濁すような笑いを浮かべていたのを記憶しています。

 遡ること数年前。そこはD社の会議室でした。会議をしていたのは、Bさんと上司のCTO、私、そしてD社のメンバーです。技術戦略の策定に関して協議していました。技術戦略の策定をする会議では、私はいつも現状を明確にすることから始めています。大抵の場合、「10年後に営業利益を2倍にする」などの目標は定まっています。目標達成のために最初に私が確認するのは、足元のテーマ(足元テーマ)の総額です。

 「足元テーマを実現するといくらになるか計算していますか?」と私が聞いたところ、冒頭のようなやり取りになりました。図1のようなイメージです。この図の白い部分が明確になっているかどうかを聞きました。

図1●足元テーマの総額
図1●足元テーマの総額
(作成:筆者)
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 私の質問を受けてCTOは答えに窮してしまいました。あまり答えたくないような表情に見えました。一方のBさんは待ってましたとばかりに口を開き、「今回、そういうことを明確にするためにこの会議を開いています」と言いました。

改革実務のトップと形式的組織のトップ

 「技術戦略を明確に定めたい」というのは、CTOからの依頼というよりはBさんからの依頼という感じでした。コンサルティングの提案から調整まで全て窓口はBさんの取り仕切りによるもので、CTOは承認する形式のようでした。もう少し言えば追認のように見えました。

 改革実務を担うBさんからの依頼ということで、私は「少し政治的な話になりそうだな」と感じました。というのも、形式的な組織のトップと改革実務のトップが違うための対立を予想したからです。

 余談ですが、コンサルティングの現場では、形式的な組織のトップからの依頼か改革実務のトップからの依頼かによって対処が変わってきます。もちろん、組織のトップが改革を進めるという依頼が最も多いのですが、形式的な組織のトップからの依頼というのもあります。誤解を恐れずに書くと、形式的な組織のトップには「技術戦略を明確に定めたい」という動機はそもそもありません。形式的な組織のトップの動機はむしろ、任期を円満に過ごすことです。

 そのため、組織内は「事なかれ主義」や「現状維持主義」がまん延し、変革は停滞します。良くも悪くもぬくぬくと居心地の良い時期なのではないかと思います。しかし、こうした状態が続くのは、何とか利益が出ている間だけです。D社も同じでした。変革のないまま数年が過ぎたとのこと。しかし、CTOもBさんのような改革派の提案を抑えきれなくなったのでしょう。技術戦略の策定に踏み出すことにしました。

 「これまで明確にしてこなかった理由はあるのですか。明確にしないとマネジメントできないと思うのですが……」と私が聞くと、CTOは「きちんと足元で利益が出ていたので問題がなかったのです」と説明しました。そこにBさんが付け加えます。「足元の利益といっても、それは事業部が出したもので、研究開発部門の成果とは言えません」──。CTOとBさんの対立にピリピリした空気が漂い始めたように感じたので、私は視点を変えました。