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中村 大介
中村 大介
高収益化支援家、弁理士

 今回のコラムはある技術者の変身の話です。半年前まで、営業の下請け的に開発するのが仕事だと思っていた技術者がいます。この技術者が、顧客の潜在ニーズを先取りする方法を身に付けて新規企画に成功しました。そのきっかけは何だと思いますか。

 主人公は、大企業の研究開発部門で働く技術者のAさんです。Aさんは30歳代半ば。これまでに開発職から研究職に異動したキャリアを持っています。私とAさんの出会いは私の主催する技術マーケティング研修でした。その研修では、「顧客要望対応は減益を招く罠(わな)」であると説明します。そのため、顧客の(顕在)要望に対応して開発することを「原則禁止」とします。

 なぜ顧客の顕在要望に対応することが減益を招くのかといえば、顧客が言うことに対応すれば手間がかかるからです。加えて、大きな進化にはならない上に、知財が取れずに事業を行うことになって、競争を招くからです。

 一方で、「原則禁止」にすると問題が出てきます。なぜなら、多くの受講者が顧客要望に対応することが開発であると思っているからです。真面目な技術者ほど、顧客の要望をよく聞き、それに対応することを仕事だと思っています。「営業の声が大きくて逆らえないから、営業の言う顧客要望に対応することが技術者の仕事になっている」という会社もあります。

 声の大きな営業社員が出世するという会社は珍しくありません。そうなると実権も伴うため、ますます営業の要望には逆らいづらくなります。そうした会社に入社した若手技術者の中には、「仕事とは営業の言うことを聞くことだ」と思っている人も少なくないようです。Aさんも例外ではありませんでした。

 こうした背景から、私の研修の受講者は「営業の言うことを聞いていても利益は上がらない」と聞いて納得しつつも、「ではどうすればよいのだろう」と思うことが多いようです。では、技術者はどうすればよいのでしょうか。

顧客の潜在ニーズ(潜在課題)を探せ

 ズバリ、顧客の潜在課題・潜在ニーズを先取りすればよいのです。しかし、潜在ニーズの先取りといっても、受講者は初めはピンときません。そのため、技術マーケティング研修では「潜在課題発掘マニュアル」を使用します。

 研修内でマニュアルの使用方法を説明し、それに沿って所定の分析をしてもらうのです。分析方法は業種や対象の顧客によって異なりますが、おおむね顧客課題をよく調査することで分析を行います。「敵を知り、己を知れば百戦殆(あやう)からず」(孫子の兵法)と言いますが、これと同じです。

 顧客をよく知らずしてそのニーズを先取りすることなどできるはずがありません。潜在課題発掘マニュアルにはその方法が記載されているため、受講者はそれに沿った分析ができます。

潜在課題発掘マニュアル
潜在課題発掘マニュアル
(作成:筆者)
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 さて、Aさんの話に戻ります。Aさんは、技術マーケティング研修で、自社技術の用途探索と潜在ニーズの先取りに取り組みました。私から見ると、Aさんは十数人の受講者の1人でした。正直に言えば、研修中に特別目立った受講生というわけではありませんでした。

 しかし、研修終了後、半年たった時のことです。技術マーケティング活動の状況を把握するフォローアップでAさんの発表を聞いたところ、その発表は居並ぶ発表者の中でも群を抜いていました。というのは、1人では到底できないと思われる調査をやってのけ、非常に説得力のある提案だったのです。

 どうすごかったのかを具体的に説明しましょう。一般に、どんな人でも楽をしたいものです。「これをやれ」と指示されても手を抜きたくなるのが人間です。技術マーケティング研修の受講者も同じで、形だけの成果を出そうとする人もいます。

 これを防ぐために、マニュアルでは「200件程度の特許を読み込んでください」と指示してあります。この200件には理由があります。読み込みボリュームで調査の精度を確保する一方で、研修の負荷を軽減するバランスを取っているのです。

潜在ニーズを先取りするためのAさんの行動とは

 しかし、Aさんの調査はその指示を大きく超えるものでした。そして、その結果も出していました。潜在ニーズの明確化と競合技術の特定に加えて、自社の技術との相違点(差異化ポイント)の把握まで、調査に基づいて説明したのです。

 Aさんはこう言いました。「関連する1400件の特許を読み解いた結果、顧客の課題は◯◯であることが分かりました。これを解決する当社の技術には△△があります。競合企業にはB社があり、B社の技術と当社の技術の相違点から、□□の点で有利であると分かりました」と。理路整然、立て板に水、このような形容が当てはまる話しぶりでした。

 私は200件を大きく超える1400件の特許を読んだということで、その作業量に驚きました。よくそこまでやったな、という感覚です(半導体などの特許が多数関係する分野では1000件単位の処理をすることはありますが、A社の業種では普通数十件単位です)。

 驚いたのは私だけではありませんでした。A社の社員の皆さんも驚いていました。しかし、私が調査件数に驚く一方で、A社の皆さんの驚きは別のところにありました。なぜかというと、Aさんの発表したテーマが、今までA社では全く検討したことのない新規テーマだったからです。

 知らないマーケットでの新規用途にもかかわらず、顧客がどんな会社でどんな潜在ニーズを持っているかが詳細に分かり、競合の企業も商品も詳細に分かっている。潜在ニーズを解決する自社技術の差異化要素も把握されている。そんな発表をA社の社員は今まで聞いたことがなかったのです。

 A社社員の多くは「自社の技術がこんな用途でも使えるのか。新規事業の可能性があるかもしれない」と思ったに違いありません。