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中村 大介
中村 大介
高収益化支援家、弁理士
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 「この程度では、全然実行できないんだよね」と言ったのは、A部長でした。今回のコラムの舞台は大手メーカーの研究開発部門です。所属する技術者は百数十人の大所帯。このA部長を主人公に、テーマの創出に関する経営者・管理者の責任感のあり方を見ていきましょう。

 会議室にはA部長と部下の皆さん、私がいました。議題はテーマの創出です。会議の冒頭に、A社で実施したという「アイデアの提案」について、どんなことを実施したのか、その結果はどうだったのか、などについて私は聞きました。

 ご多分に漏れず、A社には顧客要望に対応するようなテーマは多数あるものの、「これは」と思うようなテーマは全くありませんでした。上層部からは会社の成長をけん引するようなテーマの創出を期待されていたのに、です。こうした背景から、A部長が行ったのがアイデアを提案させる会議でした。百数十人いる技術者の意欲に期待し、年始の訓示で「アイデアをどんどん提案してほしい」という趣旨の発言をしたそうです。A部長は配下の研究企画部と共にスケジュールを決め、その年の秋までに社内からアイデアを募集して提案させる発表の場を設けたのでした。

 こうして迎えた発表の日ですが、A部長の期待とは裏腹に発表内容が期待に沿うものではなかったそうです。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
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どのような提案だったのか?

 アイデアは複数あったということですが、どれもA部長から見れば「期待外れ」で「この程度では、全然実行できない」と評価されていました。私はどのような内容かを聞きたかったのですが、口頭で手短に説明されたものなので、詳しくは分かりませんでした。とはいえA部長の部門です。会社内では「A部長の言うことはごもっともなので今後は厳しく社員にテーマ創出を要求しましょう」という話になったとのこと。そこでコンサルタントの私を呼ぶことになったとのことです。

 そのため、私は期待されていました。コンサルタントですから期待されて当然なのですが、正直に言って、クライアントの期待の大きさに戸惑うことがあります。この会議でもそれを実感しました。どういうことかといえば、私には「A部長の言うことはごもっとも」とは思えなかったのです。社員が発表したテーマはA部長の要求に沿うものではなかったようですが、その前に私にはA部長が近視眼的に見えました。

 というのも、前述の通りA部長は提案されたテーマに対して「期待外れ」だとか「この程度では全然実行できない」などと言っていたのですが、一般に、責任者が提案者のことをきちんと考えていれば、そうした発言はしないと感じました。

 A部長は自分が研究開発責任者です。テーマ創出者のことを思えば楽な立場から批判だけすることはできないはずです。少なからず自分の責任を感じるべき立場です。私は、そこにギャップがあるように思いました。部長ならばもっと俯瞰(ふかん)すべきではないか、と。

 とはいえ、私は課題解決のために呼ばれたコンサルタントです。真正面からそのことを指摘しても気を悪くされるだけですから、まずはいくつか質問をすることにしました。

 「アイデアを発表する人はどうやって決めたのですか」と私が聞くと、「誰も手が挙がらなかったので最後は事務局が(強制的に)決めて、グループで1つ出してもらうことにした」との答えでした。

 続いて、「発表後に質疑応答があったと思いますが、誰がどんな質問をしていましたか」と私が聞くと、「あまり質問が出なかったので、私がいろいろ言いましたね。あまり良いことじゃないように思うが」とA部長。

浮かんだのは憂鬱な社員の顔

 A部長の説明から私の頭に浮かんだのは、テーマ提案者たちは憂鬱だっただろうな、ということでした。アイデア提案とは言っているものの、実際は厳しいA部長が気に入るような提案をしなければならない場だと想像がつくからです。既存事業から離れたアイデアを提案すれば実現性を問われ、現実的なテーマを提案すれば「面白くない」と言われることが容易に予想できます。

 どんな提案をしても批判されるのが予想できる会議は憂鬱です。誰しも決してその犠牲者にはなりたくないもの。万一提案者にでも充てられれば、私なら当たり障りのないことを発表して批判される時間をやり過ごします。

 そんな場ですから、提案されるアイデアが期待できるものではなかったと思いますし、そもそも場の設定をやり直したほうがよいとさえ思いました。しかし、A部長は自分に非があるとはみじんも思っていない様子だったのです。

 私とA部長の会議の話題はテーマ創出の研修を実施することでした。研修を実施することはできますが、このまま開催すれば発表の場で再び犠牲者が出てしまうように思いました。そうなると元の木阿弥(もくあみ)。関わっている以上、こうした事態は防ぎたかったのです。