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分かっていたはずなのに

 なぜシビックは売れたのか。そして、その問いを通じて、彼に求めているものは何なのか。討議を進めるうちに松本には、その答えがおぼろげながら見えてきた。かくあるべし。そう彼が思い続けていたことでもあった。

フィットの開発を指揮した松本宜之氏
フィットの開発を指揮した松本宜之氏
(写真:栗原克己)
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 シビックが売れた理由の1つは、よくいわれることだが当時の円安。それも確かに大きい。だが、その恩恵を受けたのはシビックだけではない。その中で、シビックに支持が集まった理由は他にあるはずだ。

 突き詰めれば「ホンダらしいクルマだったということ」と松本は言う。それが重要だということは、重々承知していた。いや、していたはず。だが、自分たちの提案にどれだけホンダらしさがあったのか。ホンダにしか作れない価値がどこにあったのか。それを再確認することこそが、今の自分に与えられた課題だと松本は考えた。

 ちょうどそのころ、1つの朗報が舞い込んだ。エンジン開発の担当からの報告で、1気筒に対して2つの点火プラグを取り付ける「ツインプラグ方式」が使えそうだというのである。この方式を使えば、エンジンを小型化できるし燃費も向上しそうだと。

 それだ。そのエンジンを使おう。これと、燃料タンクをフロントシートの下に設ける「センターレイアウト」を組み合わせれば、低燃費で、かつ従来よりも格段に室内空間が広い車体が造れるはず。エンジンを小型にできれば、フロントガラスをぐっと前に押し出せる。そうなればデザインも、これまでにない超ショートノーズの画期的なものになるだろう。

 開発チームはこのコンセプトを基本に据え、再度評価会にぶつけた。この提案は数度の修正を経て、正式に承認されることになる。