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天の声を聞く

 確かにコストは大きな問題だった。一から新開発した「フィット」には、膨大な開発費用がかかっている。部品の多くも、既成のものを流用せずに新たに設計したものだった。そして、松本の「こだわり」である。

フィットの開発チームを指揮した松本宜之氏
フィットの開発チームを指揮した松本宜之氏
(写真:栗原克己)
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 この数カ月前、彼は欧州をはじめ、全国の販売店から営業担当者を呼んで試作車を見せていた。彼らの意見を取り入れることで、少しでも完成度を上げようというのだ。

「どうぞ存分にご意見、ご要望を」

 そう言い終わらぬうちに、出るわ出るわ、担当者たちもさすがに青ざめたという。「このウォッシャーノズルの質感がダメ。周囲の樹脂と違いすぎて変だ」「グリルに光沢がないのはちょっとね」「ヒータのスイッチが…」。まだまだ序の口だ。揚げ句の果てにはホワイトボードに図を描き始め、「シートアレンジがなってない。後部座席は、こんな具合に1回の操作で折り畳めるようにすべきだ」と熱弁を振るい出す担当者まで出てくるありさまだった。

 これだけケチをつけられて、開発担当者が心穏やかでいられるわけはない。指摘を受けた部分の多くは、彼らが望んでそうしたわけではなかったのだから。コストなどの制約が、彼らに妥協を強いていたのだ。

 それでも松本は「だから仕方がない」とは考えない。

「そりゃもう、ボロクソに言われましたから、デザイナーなんかは本気で腹を立ててました。でも、こうした指摘は、天の声、地の声です。お客様に一番近い所に居る人たちの口から出た注文ですから。このまま発売すれば当然、お客様から同じことを言われるわけです。それなら、発売してからではなく、今言われておいた方がいい」

 文句が出た箇所には手を入れざるを得ない。そもそも、それが目的だったわけだから。だが、それをやればやるだけコストは上がっていく。当然といえば当然の結果だった。