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映画化に際して「金子氏を神格化するのであれば問題だ」と危惧する声もありましたが、実際に映画を見て、それとは正反対の、人間としての金子氏を描いている印象を受けました。

松本氏:分かりやすい「天才プログラマー」というより、一人の人間として描くところは大事にしたいと思いました。金子さんが当時を生きる中で何を感じ、葛藤していたのか、みんなで話し合いながら想像を深めていき映画をつくっていきました。

東出氏:僕は(俳優として)映画のいち材料だと思っています。金子勇さんを全うする、金子勇さんという人物になるということに重きを置きました。

 映画であれば、金子さんが一人で家にいるところも描けます。金子さんの取材での言葉や、壇先生やお姉さんに言った言葉は記憶や記録に残っていても、一人でお姉さんに留守番電話を残そうとしたり、(保釈中の行動制限で)パソコンに触ることができず一人でいる金子さんを、金子さんになって演じられるといいなと思いました。金子勇という人間はとてもすてきな人だったと僕は思っていて、そういう人物になりたいと思ってやっていました。

出演:東出 昌大(ひがしで・まさひろ)氏
出演:東出 昌大(ひがしで・まさひろ)氏
1988年生まれ。埼玉県出身。モデルとして活動したのち2012年に「桐島、部活やめるってよ」で俳優デビュー、日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞。(写真:村田 和聡)
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「問題」だった第1審を描くことに注力

映画の中では、金子さんと壇さんの日々のやり取りと、法廷でのやり取り、それぞれが面白く生き生きと描かれていました。映画としての「見せ方」について、どう工夫しましたか。

松本氏:まず、2時間弱の映画の中で7年間の裁判のどこを描くかは、考えないといけないところでした。「この裁判の勝者はいない」と壇さんがよく言っていましたが、最初に京都地方裁判所で有罪判決が出たという事実はとても大きいと思います。裁判映画では最後に勝ってよかったというカタルシスを求められがちですが、Winny事件は第1審で有罪判決を受けた事実こそが大きな問題だと思っているので、第1審を描くことに注力しました。

 あとは大変な時期を生きていく中でも、一緒にご飯を食べるときなど楽しい会話をしていた、と壇さんから聞いていたので、そういうところを表現できるといいなと思いました。映画としての緩急にもなります。

映画の中で、裁判中にプログラマーとしての金子さんが裁判官の前でプログラムに夢中になる様子が描かれています。

古橋氏:あれも実話なんですよね。壇先生は金子さんがプログラムに夢中になるその姿を(裁判官に)見せたかったとおっしゃってましたね。

金子さんは「ただ純粋にものを作っていた」

Winnyの開発という金子さんの行為とそれがもたらした結果については、刑事責任の有無とは別に、今も賛否両論があります。それぞれのお立場から、金子さんの行為についてどのように評価していますか。

松本氏:金子さんはただ純粋にものを作っていたのだと思っています。それを社会がどう生かすかが大事ではないかと。1つ伝えたいと思ったのは、逮捕や起訴によって金子さんが(Winnyのプログラムの脆弱性などを)修正できなくなったことは大きな問題だったということです。

 技術やサービスも未熟なところから始まり、改良を重ねていいものを作っていくという、そういう社会の期待が本来あるべきで、それがなかったのが問題なんじゃないかと思いました。

古橋氏:金子さんはいちプログラマー、いちエンジニアとして、本当に純粋に技術を追求して面白いものを作りたかったのだと思っています。純粋にPeer to Peerのサービスを作りたかったのでしょうが、当時なかなか受け入れてもらず、本当に早すぎたのだと思います。

企画:古橋 智史(ふるはし・さとし)氏
企画:古橋 智史(ふるはし・さとし)氏
1988年生まれ。東京都出身。2011年立教大学卒、みずほ銀行入行。Speeeなどベンチャーを経て2014年にスマートキャンプ設立。2020年にマネーフォワードベンチャーパートナーズ代表取締役、マネーフォワード執行役員。(写真:村田 和聡)
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東出氏:クランクイン前に、金子さんの地元の生家跡に金子さんのお姉さんと壇先生と行ったのですが、そこから車で30分ほど行ったところで「ここ、勇ちゃんが通っていた」とお姉さんに言われたんです。かつて金子少年は、そのお店でマイコン(マイクロコンピューター)をいじりに、自転車で通っていたんですね。そういう推進力が彼にはあったと思います。

 映画の中でも「頂があったから登りたかった」という言葉があります。金子さんのことを広く世間に知ってもらって、異物を認めるというか、これ以上可能性の芽をつぶさないように、(社会の在り方を)考え直す一助になればと思います。

改めて、監督・脚本の松本さんが映画に込めたメッセージは。

松本氏:当時、金子さんや壇さんをはじめとした弁護士の方々が、ある種の「未来」を守るために戦ったという事実を知ってほしいというのはありますね。

 もう1つ、Winny事件の有罪判決が出たときは大々的に報じられましたが、そのあとのことを含めて知ってほしい。ご遺族の方もおっしゃっていたように、いまだに金子さんが無罪になったという認識がない人もたくさんいます。

 この映画がWinny事件を手掛かりに、今の社会を見つめ直すきっかけになるといいなと思っています。Winnyが出てきた20年前と何が変わり、何が変わっていないのか、比較しながら見るのもいいですね。