旭化成はAI技術などで材料開発の効率を高める手法を導入した。同手法「マテリアルズ・インフォマティクス」を操る人材の育成を急ぐ。2021年までの3年間で630人を育成する目標で、既に成果もあげている。
低燃費タイヤ用の新規ポリマー材料を、在宅勤務中の研究員がわずか半年で開発──。旭化成は材料開発に「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」を導入したことで、新型コロナ禍の中でも成果をあげている。
MIは機械学習などの人工知能(AI)技術を応用して、材料開発の効率を高める取り組みだ。この研究員は在宅勤務の間、MIを使って目標とする構造の候補をコンピューター上で探索した。出社できるようになった後、導出した構造の候補のいくつかを実験で試したところ、すぐに目標とする物質の構造にたどりついた。
MIを使えば、新たな材料の候補となり得る膨大な数の分子構造や配合、混合条件の中から、有望そうなものを機械学習などによって絞り込んだり、新しい製造プロセスをAIに提案させたりできる。従来の材料開発においては、研究員が経験と勘を基に材料の候補を絞り込み、その候補が材料として機能するか実験で検証していた。
材料候補の絞り込みをMIで短縮できれば「事業競争力の強化やコスト削減、人間では考えつかない組み合わせの発見につながる革新性」(旭化成の河野禎市郎インフォマティクス推進センター長)が得られる可能性がある。
旭化成がMIのPoC(概念検証)を始めたのは2017年で、2018年には高性能な触媒の開発にも成功した。そこで現在はMIを全社に広げようとしている。2020年には現場の研究員がMIを実践できる環境として「MI-Hub」を構築した。2021年までの3年間でMI人材を600人以上社内に育成する計画でもある。旭化成におけるMIの実態や取り組みをみていこう。
実験データから予測モデルを開発
旭化成が2018年に最初にMIで成果をあげたのは、ポリエチレンの原料の製造に必要となる高性能な触媒の開発だった。ポリエチレンなどの製造においては、投入した原料の100%が製品になっているわけではない。その割合は化学反応を促進する触媒の性能に左右される。「触媒によって原料が製品になる割合を1%でも高められれば、膨大な増益効果が得られる」(河野センター長)ためだ。
通常の触媒開発では、研究員が過去の実験データや論文などを参考に、実験と評価を何度も繰り返すことで、性能の高い触媒の組成や触媒を合成する条件などを見つけ出してきた。しかし研究員の勘と経験に頼ったアプローチでは、性能の高い触媒を開発するために5~10年の期間がかかることも珍しくなかった。
それに対してMIを活用したアプローチでは、過去の実験やシミュレーションのデータに基づいて、実験結果を予測できる機械学習モデルを開発することで、実験やシミュレーションに必要となる時間を大幅に短縮する。
具体的にはまず、数百件の実験データを教師データとした予測モデルを開発した。触媒の組成や触媒の構造、温度やかき混ぜ方などの合成条件を入力すると、触媒の性能を出力する。ここでいう触媒の性能とは、投入した原料が製品になる割合のことである。