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 私が日経BPに入社して間もない新入社員だったころ、最初に配属されたバイオテクノロジー専門メディアの編集長から、品ぞろえで有名なある百貨店の鮮魚売り場を見てくるように言われたことがある。

 業務時間内なのにそんなことをしていいのかと思いつつ、言われた通りに見に行った。バイオ関連のネタを探してこいという意味だと思ったので、そうした製品がないかと探し回った。

 会社に戻るとその編集長から感想を求められ、バイオにかこつけて何か言ったような気がするが、詳しくは覚えていない。ただ「こいつ、わかってないな」という顔をされた覚えはある。

 今ならその編集長が何を言いたかったかが何となくわかる。少し前まで学生だった私を見て、百貨店で買い物をするような一般の人とは感覚がずれていると感じたのだろう。だから、社会の雰囲気を少しでも学んでくるようにという意味だったのだと思う。残念ながら、当時の自分にはその意図は伝わっておらず、そうした目で売り場を見ることもなかった。

 これがきっかけというわけでもないが、私はよく街歩きをするようになった。歩数がポイントになるアプリをスマートフォンに入れているので、最低でも1週間に5万歩は歩いている。週末には一度に20km以上歩くことも珍しくない。

 東京はスクラップ・アンド・ビルドが激しいので、必ず何らかの発見がある。自分の専門以外の分野で、有名な企業が新しい事業を始めているのを知ることもある。社会の雰囲気を自分の肌で感じることができるのだ。

 これがIT関連の記事に直接役立つことはまずないだろう。ただ、記事を書くうえで重要な土台になっているはずだ。

 世間の感覚がわからないと、記事で思わぬ失敗をすることがある。2年ほど前、「家庭を持つあるタレントが高級米を8kg以上買い占めた」と写真週刊誌が大きく報じた。

 8kgといえば、平均的な4人家族が半月程度で消費する量だ。食べ盛りの子供がいる家庭なら、もっと短い期間でなくなっても不思議ではない。さすがにその量で「買い占め」はありえない。

 ただ、こうした感覚は米を買ったことのない人にはわからないだろう。私も独身のころは基本的に外食か弁当で、自分で米を買ったことはなかった。そのころ「8kgの米」と聞けば、大量だと思ったかもしれない。この記事を執筆した記者や担当デスクも、自分で米を買ったことはなかったようだ。