最近、職場の働きやすさとは何だろうかと考えることが増えた。親会社への出向など、異なる職場で働く機会があったためだろう。
私がこの会社に入社したのは何十年も前のことだ。最初に配属されたのは、社内で一番きついとされていたバイオテクノロジーの専門メディア、いわゆる「ブラック職場」だった。新人研修の最終日に開かれた打ち上げの場で、会社の偉い人がやってきて「大変なところに配属されたね」と言われたのを思い出す。
まあ実際に大変な職場だった。半月に1回やってくるニューズレターの校了日や、年に1回発行していた別冊の編集時期には徹夜は当たり前。古きよき時代の編集職場という感じである。全然よくはないのだが。
そうした業務の大変さばかりではない。とにかくよく怒られた。ほぼ毎日、出社早々編集長から大声で雷を落とされる。そのたびに、編集部があったフロア全体の空気が凍り付く。同期入社の新入社員は何十人といたが、その中で間違いなく一番怒られていた自信だけはある。自慢するようなことではないが。
夜中の2時か3時ごろまで延々と説教されたこともあった。これは説教される人間以上に説教するほうが大変だったかもしれない。
あるときなどは、帰宅した編集長から残業していた私に電話がかかってきて「お前は存在自体が悪だ」と言われたこともある。あまりに突拍子もないので、ショックを受けるというよりは現実味がなくピンとこなかった。翌日出社した編集長からは「人にそんなことを言うものではないと家族から叱られた」と謝罪された。
そうした私をなぐさめようとして先輩社員が放った一言が、またどうしようもなかった。「物が飛んでこないだけまだましだ」と言ったのだ。昔は物を投げつけられたのだという。当たってけがをすれば傷害罪だし、そうでなくても暴力であり威嚇である。コンプライアンス順守が当たり前の現代では考えられないことだが、以前はそうした職場もそれなりにあったのかもしれない。
結局、私は約2年で別の部署に異動になった。まるで「役立たず」のレッテルを貼られて追い出された感じだった。
長く会社勤めをしていると、精神的につぶれそうになることは珍しくない。私も精神的におかしくなった時期が2度ほどある。出社できなくなってしまったり、錯乱して降りる駅がわからなくなり延々と乗り越しを繰り返す状態に陥ったりした。ありがたいことに、そうした場合は会社が別の職場に異動させてくれて、事態が悪化せずに済んだ。
私の新入社員のころの話を読んで「その時期がそうだったのだな」と思った人がいるかもしれない。ところが、新入社員の時期にはそれほど深刻な精神的ダメージを負った覚えがない。
客観的に見れば、私が新入社員のころは過酷な業務のブラック職場にブラック上司と環境としては最悪だった。ところが実際に私が精神的におかしくなったのは、新入社員のころに比べればはるかに「マイルドな」環境でのことだ。いったいどういうことだろう。