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 このコラムでは、私が2019年秋期の「基本情報技術者試験」を10月20日に受けたことを何度か書いている。この試験に関してSNSで興味深い書き込みを見つけた。内容は「3問目に『隣接行列』という未知の概念が出てきて、文系学生は驚いたのではないか」というものだ。

 これを見て、私は意外に思った。問3は、午前試験の80問の中では易しい部類に入ると思っていたからだ。

 私も隣接行列という言葉は知らなかった。しかし、問題文の下にある図を見れば「ノード同士が隣り合っているかどうかを表現する行列」であることはすぐに理解できる。意味さえ分かれば、正解を選ぶのは簡単だ。

 この書き込みで引っかかったのは、「文系学生」という表現だ。文系学生が驚くということは、裏を返せば理系学生なら驚かないということだろう。

 たしかに、文系学生は知らない技術用語が出てくるとギョッとするだろうし、理系学生ならたとえ言葉を知らなくても、私と同じように意味を類推できるのではないかという気がする。このイメージの差はいったいどこから来るのか。

心の中に存在する「文系」

 個人的には、人や分野を文系と理系の2種類に分けるのは意味がないと思っている。

 私自身は高校では理系進学クラスにいて、大学は理学部に進学した。しかし、高校のときに一番成績が良かったのは、実は理系の科目ではなく現代国語である。技術をテーマに文章を書くという今の仕事は自分に合っていると感じている。

 これまで文系と理系という言葉は、大学の学部の性格を端的に表すために使われてきた。しかし、最近ではその区分が崩れてきている。

 例えば、経済学や社会学などは文系に分類されるが、統計を初めとする数学をよく利用する。最近は機械学習の普及などを背景に、他の文系学部でも数学の重要性が叫ばれるようになった。このため、一部の文系学部の入学試験で数学を必須にする大学が出てきている。理系と文系の両方の分野にまたがることをうたう学部も増えてきた。

 文系とされる仕事でも理系の知識が役立つことは多い。逆もまたしかりだ。そもそも海外では理系と文系という区別自体がないという話もよく聞く。

 もっとも、こうした客観的な区分とは別の意味の文系が日本社会には根強く存在するとも感じている。いわば「心の中の文系」とも言うべきものだ。人が「自分は文系だから技術が分からない」と言い訳をするときの文系である。

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