携帯電話事業の苦境にあえぐ楽天グループが立て直しに向けた施策を相次ぎ打ち出している。驚いたのは、楽天モバイルが2023年5月11日に発表したKDDIとの新たなローミング協定(以下、新協定)だ。
同社はこれまで、KDDIに支払うローミング費用の負担が重いため、自社基地局の設置を急ぐことで早期の打ち切りを目指してきた。ところが、この方針を転換。6月以降はこれまで対象となっていなかった東京都23区・名古屋市・大阪市の一部繁華街にもローミングエリアを広げる予定で、早くも「人口カバー率は業界最高水準の99.9%」とうたい出した。
さらに6月1日に提供を始める新プラン「Rakuten最強プラン」では、現行プランで実施していた、ローミング活用のパートナー回線エリアにおけるデータ通信量の制限(月5ギガバイトまで、超過後は通信速度が最大毎秒1メガビットに低下)も撤廃する。このため、「日本全国の通信エリアでデータ高速無制限」と宣伝し始めている。
楽天モバイルは新協定により、設備投資計画も大胆に見直してきた。楽天グループが5月12日に開いた決算説明会では、2025年12月期までの3年間で3000億円の削減を目指すとした。少なくとも2023年12月期には設備投資額が当初計画の3000億円から2000億円に1000億円減る見通しである。ローミング費用は当初計画に対して若干増えるが、「可及的速やかに自社ネットワークだけを構築する必要もなくなった」(三木谷浩史会長兼社長)からだ。
楽天グループは同日、西友ホールディングス株の売却を発表したほか、5月16日には公募増資と第三者割当増資で最大約3300億円を調達すると明らかにした。怒濤(どとう)の発表には、株式市場関係者を何とか安心させたいとの思いがにじむ。
単なる「いいとこ取り」では?
筆者は楽天グループの見事な方針転換と立ち回りに感心したが、KDDIと楽天モバイルの新協定については違和感が残った。
1つは、KDDIがなぜ救いの手を差し伸べたのかという点だ。 楽天モバイルのローミングオフで一気に600億円の減収要素となれば2024年3月期の事業運営が厳しくなるので、長く利用してもらったほうがよいとの判断は理解できる。実際、今回の新協定でこの減収要素を少なくとも100億円以上抑えられる効果は大きい。ローミング提供で4Gの設備投資効率を高め、その収入を5Gの投資余力につなげるとの狙いもよく分かる。
ただ、楽天グループはEC(電子商取引)をはじめ、クレジットカード、銀行、証券といった「経済圏」で大きな強みを持つ。携帯電話では取るに足りない相手だとしても、勢いづかせたらこれほど怖い相手はいない。楽天モバイルが今回の新協定をきっかけにシェアを拡大する結果となれば、最終的には目先のローミング収入より大きなダメージを受ける可能性すらある。KDDIは2023年5月11日の決算説明会で今後は減収要素がなくなっていくとの見通しを示していただけに、なおさら疑問に感じてしまった。