楽天モバイルの元社員が前職のソフトバンクから機密情報を不正に持ち出したとして、2021年1月12日に不正競争防止法違反(営業秘密領得)容疑で警視庁に逮捕された事件。ソフトバンクは5月6日、楽天モバイルと元社員に対し「約1000億円の損害賠償請求権」を主張する訴訟を東京地裁に起こした。まだ係争中で先行きは不透明だが、1000億円の根拠がようやく分かったので紹介したい。
「血のにじむような努力で蓄積した情報」
訴状によると、被告の楽天モバイル元社員は、2004年7月にソフトバンクBB(現ソフトバンク)入社。技術系の正社員として基地局の設計・運営業務などに携わり、2016年からはビー・ビー・バックボーンにも兼務出向し、ネットワークエンジニアとして通信ネットワークの構築に関わる企画業務などに従事していた。楽天モバイルからソフトバンクより高い給与条件を提示され、2019年12月31日付でソフトバンクとビー・ビー・バックボーンを退職。2020年1月から楽天モバイルでの勤務を始めた。
被告の元社員は、楽天モバイルへの転職試験に合格した2019年11月ごろから退職日までの間、会社のメールアドレスから個人のメールアドレスに送ったりクラウドストレージにアップロードしたりすることで、ソフトバンクのネットワーク情報が含まれた多数の電子ファイルなどを持ち出していた。元社員の退職後に使用パソコンを確認したところ、最終出社日の12月27日に大量のファイルを圧縮しており、複数回にわたって大量の機密情報を持ち出していたことが発覚した。
ソフトバンクでは社員の入社時に秘密保持の誓約書を取得しており、そこには退職後を含めて「業務上の機密事項およびソフトバンクや取引先にとって不利益となる事項を漏洩しないこと」「ソフトバンクの組織上・企画上・営業上・技術上の情報について、事前の書面による許可なく、いかなる方法をもってしても開示、漏洩もしくは使用しないこと」などが明記してあり、被告の元社員も署名・なつ印のうえ、提出していた。退職時にも機密情報を第三者に開示、漏洩しないことなどを誓約させていた。
被告の元社員が持ち出した情報には、基地局情報や交換局情報、伝送路情報など「20年以上にわたる血のにじむような努力とコストをかけて蓄積された情報」(訴状)が大量に含まれていた。同情報により、新規参入事業者は「調査・検討工程の大幅圧縮、短期間でのより確度の高い通信ネットワークの設計、交渉期間の短縮および有利な価格交渉などが可能になる。その競争上の効果は通信サービスの品質向上(ユーザーの評判)の面でも、設備投資コストの圧縮の面でも極めて多大」とする。
一方、楽天モバイルは当初、基地局の整備が遅れ、2019年3~8月の短期間に総務省から3度も行政指導を受けた。2020年3月末時点の基地局数は4738局。被告の元社員が入社後、楽天グループは2020年8月11日に開いた決算説明会で「基地局の整備を5年前倒しする」とぶち上げた。以降、ハイペースで基地局を開設し、2021年9月末時点で3万局を突破した。人口カバー率は10月14日時点で94.3%となっている。
訴状では「ネットワークの整備は、計画して資本を投下すればその通りに実行できるものではなく、様々な交渉や試行錯誤の積み重ねで徐々に進んでいく」と指摘。そのうえで「わずか1年後の2020年8月に5年前倒しなどという途方もない進捗を決算説明会においてグループ総帥が断言するなどということは、(ソフトバンクの)ネットワーク情報の不正取得・不正使用を前提にしなければ考えられない話」と断じている。