「社内のエンジニアが選ぶのはMacですが、デザイナーはWindows一択でした」――。日本のネット企業に所属するシステム管理者はそう指摘する。クリエーター向け市場で強い印象があるMacだが、近年はとある事情によって苦戦を強いられていた。米Apple(アップル)は2021年10月18日(米国時間)に発表した新しい「MacBook Pro」で挽回を図る。
冒頭で紹介したネット企業は売上高の6割以上をゲーム事業が占めており、デザイナーのほとんどが3D(3次元)CGの制作者だ。同社のデザイナーにとっては「強力なGPU、特に米NVIDIA(エヌビディア)製のGPUが業務上不可欠」(前述のシステム管理者)であり、米Dell Technologies(デル・テクノロジーズ)のゲーム用パソコンブランド「Alienware」のタワー型パソコンやノートパソコンが選ばれることが多い。GPU性能が劣るMacが選ばれることはなかった。
近年、ゲーム市場の拡大やVR(仮想現実)/AR(拡張現実)の台頭などによって、3D CG制作のニーズは高まる一方だ。例えばインタラクティブな3Dコンテンツの制作ツール「Unity」を販売する米Unity Software(ユニティ・ソフトウエア)が2021年8月2日に発表した2021年4~6月期決算は前年同期比48%もの増収となっている。GPUが弱いMacはこれまで、こうした需要を取りこぼしてきた。
新型MacBook ProではGPU性能を特に強化
だからこそアップルは、今回発表した新型MacBook ProでGPU性能を大幅に強化した。新型MacBook Proは同社が独自に開発したSoC(システム・オン・チップ)の「M1 Pro」と「M1 Max」を搭載する。2020年秋に発売したMacBook AirとMac mini、2021年春に発売したiMacが搭載する「M1」が8個のCPUコアと最大8個のGPUコアを搭載するのに対して、M1 Proは最大10個のCPUコアと最大16個のGPUコアを、M1 Maxは10個のCPUコアと32個のGPUコアを搭載する。
つまり新型MacBook Proでは、2020年に発売したMacBook Airなどに比べてCPU性能は小幅な向上にとどめた一方で、GPU性能は最大4倍に拡張させたことになる。狙うのはクリエーター向け市場だ。アップルが2021年10月18日に開催した製品発表イベントでは、プロ向け動画編集ソフト「DaVinci Resolve」や「Adobe Premiere Pro」、3D CG制作ツールのUnityや「Octane X」「Cinema 4D」などクリエーター向けツールの開発者を登壇させ、M1 ProやM1 Maxの性能向上がもたらすインパクトを語らせている。
SoCでディスクリートGPUに対抗
アップルが採用したアプローチにおいて特徴的なのは、CPUコアとGPUコアが混載するSoCのままでGPUを強化した点だ。ハイエンドWindowsパソコンがCPUチップとは独立した専用のGPUチップ(ディスクリートGPU)を採用しているのとは対照的である。
製品発表イベントでアップルは、ディスクリートGPUではなくSoCを採用するメリットを2つ強調した。1つは消費電力を抑えられる点だ。アップルによれば最高性能のディスクリートGPUを搭載するプロ向けWindowsノートパソコンに比べると、M1 Maxを搭載するMacBook ProはGPU性能はほぼ同等である一方で、消費電力は100ワットも少ないとする。
SoCであるもう1つのメリットが、CPUコアとGPUコアで同じメインメモリーを使用するユニファイドメモリーが利用できる点だ。ディスクリートGPUの場合は、CPUとGPUがそれぞれ個別にメモリーを搭載するため、CPUとGPUはチップ間のインターフェースを通じてデータを転送する必要があった。それに対してCPUとGPUが同じメモリーを使うユニファイドメモリーの場合は、CPUとGPUとの間でデータを転送する必要がなくなり処理効率が高くなる。