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スーパーマンからチームワーク重視へ

神武 宇宙飛行士も、トップアスリートの世界も、本人たちだけが優れていればチームのミッションが達成できるというわけではありません。宇宙飛行士や選手以外に数多くの専門知識を持つ人材がチームに所属し、互いにコミュニケーションを取りながら準備、本番、振り返りを経ることで成長していきます。しかし、こうした“舞台裏”はあまり外部には伝わってきません。今回は、チームを作っていったり、支えるという観点で、実際の現場で何が行われているのか、どのような工夫がなされているのかなどについてお聞きしたいと思います。

JAXA 有人宇宙技術部門 事業推進部 国際宇宙ステーション広報担当の山方健士氏
JAXA 有人宇宙技術部門 事業推進部 国際宇宙ステーション広報担当の山方健士氏
(写真:加藤康)
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山方 私は現在、JAXAで国際宇宙ステーション(ISS)の広報を担当しています。ISSはたくさんの税金を使って運用しているので、そもそもISSは何のためにやっているのかということを、できるだけ多くの人に知ってもらえるように、難しい宇宙を分かりやすく、いろいろな方法で伝えることを日々考えています。

 2000年にJAXAの前身である宇宙開発事業団(NASDA)に入社した際、ちょうどISSの滞在に向けて、日本人宇宙飛行士を養成するプロジェクトが動いていました。古川聡さん、星出彰彦さん、山崎直子さんの3人が、1999年に宇宙飛行士として選抜され、訓練を開始していました。

 宇宙開発が始まった時代のかつての宇宙飛行士は、“スーパーマン”でした。とりあえず宇宙へ行って生きて帰ってくることが重要でした。だから、メンタル的にもフィジカル的にもタフで、何がなんでも地球に帰ってやるという気持ちを持った人たちが選ばれていました。アポロの時代はスーパーマンが重宝されていたんです。

 しかし、ISSの場合は、単にそこへ行くのが目的ではありません。宇宙空間という閉鎖されたところに他の5人のメンバーとともに約半年間滞在しながら、宇宙の環境を利用してさまざまな実験をやらなければいけない。もちろん、自分たちが乗っている宇宙船、ISSをちゃんとメンテナンスし、操縦もできなければいけません。つまり、訓練の中身もかなり変わったのです。

 そんなスーパーマンではない「チームワーク重視」の宇宙飛行士たちを訓練することを、まずは古川、星出、山崎の3名で始めて以降、彼らが正式に宇宙飛行士と認定されてからは、日本人宇宙飛行士全員、つまり毛利衛さん、向井千秋さん、土井隆雄さん、若田光一さん、野口聡一さんの訓練を担当しました。

太田 具体的に宇宙飛行士の訓練は、どのようなことをやるのですか。

山方 スペースシャトルやアポロの時代は、ミッション期間が、地球から宇宙に打ち上がって(宇宙船が)帰ってくるまでという比較的短い期間に限定されていました。

 例えば、アポロ時代は、月面に行ってカメラを立てて、月の石を持って帰ってくるのがミッションでした。スペースシャトル時代は、地球の周りを回っている2週間に、狭い環境の中でさまざまな生物実験をやってみたり、人間の体がどう変化するかを観察したりしていました。

 それがISS時代になってからは、半年間宇宙に滞在します。その間に使う装置類の操作や、万が一、ISSが故障したらどう対処すればいいかなどを含め、より全般的な訓練が必要になっています。

 とはいえ、宇宙飛行士たちは全員が科学者ではないし、エンジニアでもありません。宇宙飛行士としての素養がある方々に、ISSに半年間滞在するために必要なスキル・知識を身に付けてもらうための訓練を、プログラムとして作って提供しています。

スーパーラグビー ヒト・コミュニケーションズ サンウルブズ S&Cコーチ、慶應義塾大学ラグビー部(蹴球部)S&Cディレクターの太田千尋氏
スーパーラグビー ヒト・コミュニケーションズ サンウルブズ S&Cコーチ、慶應義塾大学ラグビー部(蹴球部)S&Cディレクターの太田千尋氏
(写真:加藤康)
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太田 ラグビーも似ています。パスが得意な選手もいれば、スクラムが得意な選手、ラインアウトが得意な選手もいます。そうした得意分野が異なる選手たちが集まって、ラグビーという1つのパフォーマンスを皆で創り上げていきます。そのための個々人の技術と、プロセスを訓練するという部分は、すごく宇宙に近いと思います。

 実は僕はラグビーをやったことはなくて、高校までは野球のキャッチャーをやっていました。キャッチャーだったので、ピッチャーがいかにいい球を投げてくれるかとか、ピッチャーがパフォーマンスを発揮するためにはどうしたらいいかなどを考えながらプレーしていました。高校を卒業する時に、それを仕事にしたいなと思い、トレーナーという世界に飛び込んだのです。

 そこで、人間の体のことやスポーツ科学を勉強しました。大学時代のインターン先が社会人のラグビーチームで、そこからラグビーに関わるようになりました。