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「toio」を通じて小さな子どもたちにアクセス

ソニーが開発したロボットトイ「toio(トイオ)」をSIEから販売することになりました。この事業についてお話を聞かせてください。

ソニーからSIEに“移籍”し、再出発したロボットトイ「toio」
ソニーからSIEに“移籍”し、再出発したロボットトイ「toio」
写真:加藤康
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ソニーの新規事業創出プログラムである「SAP(Seed Acceleration Program、当時、現在はSSAP=Sony Startup Acceleration Program)」から誕生したロボットトイがtoioです。toio自体はデバイスですが、遊ぶにはコンテンツが必要な製品です。コンテンツ作りや普及については私たちが強みを持っていますので、当社が携わるべき事業だと考えました。

 携われて良かったとも感じています。なぜなら、toioによって、当社がこれまでアクセスしきれていなかった低年齢層にリーチできるからです。ゲーム業界でいえば、小学生やそれより低年齢の子どもたちというユーザー層です。当社としては、toioを通じて小さな子どもたちにSIEやプレイステーションを知ってもらうチャンスと捉えています。

 販売を始めて驚いたのは、思った以上にプログラミング教育に絡んだニーズが強いことです。教育熱心なお母さんが買っていかれたり、塾などの事業者からtoioを教材として使いたいと問い合わせがあったりします。グランツーリスモSPORTの予選会を全国各地で開催しながら分かってきたことですが、eスポーツに感度の高い都道府県はtoioにも強く感心を示す傾向がありますね。

 eスポーツの大会と同様に近い将来、toioでロボットコンテストのような催しができればと思っています。ユーザーが創造した作品をみんなに見せたり、褒められたりする機会がtoioには必要だと考えますし、そうすることでずっと遊んでもらえそうです。こうした催しには、eスポーツで培った知見がきっと役立つだろうと考えています。

ゲーム業界に今、新たに吹いてきた風

日本のビデオゲーム業界全体について、今後のトレンドをどう見ていますか?

今、ゲーム業界はものすごく活気に満ちています。最近、各社から相次いで大きな発表があった影響でしょう。米マイクロソフトは2020年冬に投入予定の新型ゲーム機のプロジェクト「Project Scarlett」を発表しましたし、グーグルのクラウド型ゲームサービス「Stadia」は2019年11月にリリース予定です。任天堂からは携帯ゲーム機「Nintendo Switch Lite」が9月に登場するそうですね。

 私はサードパーティーとの折衝を担当しているので、ソフトウエア・メーカー各社の沸き立ったムードを肌で感じています。ソフトウエア・メーカーにとってプラットフォームが増えることは、収益を増やすチャンスを意味するからです。チャンスを生かそうとゲームに対して積極的な投資の機運が生まれる。とてもポジティブな流れになっているのを、日々強く感じています。

 SIEはもちろん、この良い流れにしっかり乗ってプレイステーションの強みをソフトウエア・メーカー各社に訴求していきますよ。魅力的なタイトルをどんどんプレイステーションフォーマットに誘致したいと思っています。

植田浩氏
植田浩氏
(写真:栗原克己)
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 新しいゲーム機やサービスの登場に加えて、ソフトウエア・メーカーの意欲をかきたてているのが、次世代通信規格「5G」です。5Gや5Gによって本格化するクラウド型サービスに適したコンテンツの検討が各社で始まっています。

 かつてスマートフォンが普及したとき、モバイルゲーム業界に新しいプレーヤーが次々に参入しました。5G時代が到来すれば、同様の大きなうねりが生まれるかもしれません。新しいIP(知的財産権、ここでは新しい人気ゲームタイトルやそのキャラクターを指す)が生まれ、新しい会社が生まれ、新しい遊び方が生まれることが考えられる。私がこの業界に携わってかなりの年月がたちますが、ゲーム業界は今、新たに吹いてきた風にまた盛り上がっています。

植田浩(うえだ ひろし)氏
ソニー・インタラクティブエンタテインメント ジャパンアジアパブリッシャー&ディベロッパリレーション部門SVP兼部門長、ジャパンアジアリージョンオフィスSVP(ジャパンマーケットビジネスプランニング担当)
1967年生まれ。1999年ソニー・コンピュータエンタテインメント(現SIE)に入社。日本国内において販売企画部、営業部、パブリッシャーリレーション部などの部長を務めたのち、2012年にソニー・コンピュータエンタテインメントジャパンSVP(シニア・バイス・プレジデント)就任。2018年より現職。