スポーツは最高の人材育成ツール
デュアルキャリアの考え方を広めると共に、アスリートや企業の意識改革を目指そうと開催されたのが、東京都の創業支援事業「インキュベーションHUB推進プロジェクト(*)」の一環で、エコッツェリア協会が3カ年の企画としてスタートさせた「アスリート・デュアルキャリアプログラム」である。
このプログラムの開催意図について、発起人であり各回のファシリテーターを務めたB-Bridge プロジェクトマネージャーの槙島貴昭氏と、主催者であるエコッツェリア協会 事務局次長の田口真司氏は次のように話す。
「僕自身、大学生の頃までサッカーをやっていました。サッカーは自分を一番表現できるもので、最大の武器であり、自分のすべてでした。だからこそサッカーを取り上げられ、ただの“槙島貴昭”になったときに危機感や恐怖感を抱きました。多かれ少なかれ、他のアスリートも似たような心境に陥ると思いますが、アスリートはなかなか弱音を吐けない人種なんです。だからこそ、周囲がサポートをしてあげて、決して人間として劣っているわけではないと伝えたり、活躍できる場所があると教えられるプログラムを提供したいと考えて始めました」(槙島氏)
「アスリートに限らず、あるひとつの道を極めた人が、その道から外れると転落していってしまうというような話は決して少なくありません。そのような事態が起こるのは、本人も社会も、その道で培ったものが世の中にどう役立つかがわかっていないことが原因ですが、本来は色々な分野で転用できるはずです。そうした宝の持ち腐れをなくすことが大事だと感じてスタートしました」(田口氏)
アスリートの能力の再発見と社会への拡散というテーマの下、2019年末から2020年1月にかけて、サッカー、テニス、柔道、バスケットボール、バドミントンなどの競技で活躍し、現在はビジネスや教育などの領域でキャリアを重ね続けている識者を招き、講義形式のプログラムやパネルディスカッションを実施。各回では、他分野にも転用できるアスリートの能力として、トレーニングや試合で培った集中力や、より良いチームをつくるための組織力やマネジメント力、対戦相手や場の雰囲気を読むイマジネーション力などが挙げられた。
第3回目のプログラムに登壇した元柔道家の菊池教泰氏(デクブリール)は、こうした能力を磨き上げられるスポーツの特徴を次のように説明した。
「“スポーツ”と“体育”はどちらも19世紀に軍隊を対象として生まれたものですが、スポーツは個人でリスクを取って判断できる“将校”を育てるために用いられたもので、体育は指示を正確に実行する“兵士”を生み出すことが目的でした。こうした経緯があるスポーツは、“自分でモノを考えて、修正しながら行動する”というビジネスにも通ずる訓練ができる最高の人材育成ツールと言えるのです」(菊池氏)
ビジネスの現場においても、指示を遂行する“兵士型”の人材よりも、自発的に動ける“将校型”の人材が求められるようになっている。そんな時代だからこそアスリートのキャリアを見つめ直すことが求められているのであり、アスリートの価値を伸ばすデュアルキャリアの考えが重要視されているのだ。