東京オリンピック・パラリンピックを始め、世界中のスポーツイベントを開催中止に追い込んだ新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)。経済的なダメージだけでなく、これからのビジネスのあり方や興行の開催方法、ファンの観戦スタイルなどあらゆる領域に影響を及ぼしている。これからの“アフターコロナ時代”の中で、スポーツビジネスはどんなスタイルでビジネスを展開していくことになるのだろうか。プロ野球・千葉ロッテマリーンズや日本野球機構(NPB)など、プロスポーツの第一線で活躍してきた荒木重雄氏(スポーツマーケティングラボラトリー代表取締役)に聞いた。(聞き手:上野直彦=スポーツライター、久我智也=ライター)
今後は「365日モデル」が主流に
新型コロナは世界中のスポーツビジネスに多大な影響を与えました。特に大きな収益源である興行が開催できないなど、ビジネスモデルを転換する必要性すら出てきています。今の状況について荒木さんはどのようにお考えでしょうか。
荒木 スポーツのビジネスモデルは、ホームでの「試合日」と「非試合日」、スタジアム・アリーナの「中」と「外」という4象限に分けて考えられてきました。例えばチケット収入はスタジアムを訪れるためのものであり、当然、試合日に発生するものなのでマトリクスの右上に位置します。また、スタジアムの中でも外でも、試合日であってもなくても購入できるグッズはちょうど真ん中に位置します。このように見ると、試合があるからこそ発生する放映権も含め、これまではマトリクスの右上、つまり「試合日依存」のビジネスモデルでした。
近年、マトリクスの左上に位置する非試合日にスタジアムを活用する事業の開発も盛んになってきていますが、スポーツ業界としてはマトリクスの下段、つまりスタジアム以外の場所を舞台にしたビジネスの構築が命題だと思っています。
私はこのビジネスの形態を「365日モデル」と呼んでいます。以前から試合日以外のビジネス展開を模索する傾向はありましたが、今回の新型コロナウイルスの影響で試合開催ができない状況に陥った中で、その流れが加速してきているように思えます。
365日モデルのビジネスを実施していく上で、どのような考え方が必要になってくるのでしょうか。
荒木 ひとつはメディア戦略の転換です。今回のコロナ禍の中で各競技団体やクラブ、選手たちは、試合が行われなくてもファンとのエンゲージメントを維持・向上させるために、SNSを活用して過去の試合映像や選手のインタビュー動画などさまざまなコンテンツを発信していきました。これらの活動のおかげでエンゲージメントを高めることはできたと思いますし、今後のクラブ運営や個々の選手たちのアスリート人生にとって有益な経験になったと思いますが、一方でお金にはつながっていないという事実があります。
平時における情報発信は一番のキャッシュポイントであるスタジアム来場や放送を見てもらうことにつなげるためのものだったのですが、それと同じ方法でやってしまったからです。しかしこれからは試合日以外のタイミング、スタジアム以外の場所にこそチャンスが出てくるはずなので、情報発信の考え方も変えていかなくてはなりません。
言わずもがなですが、今後あらゆるビジネスは企業が消費者に対してモノやサービスを売る形態ではなく、コミュニティーの中に集まった人々が個々に主体となってコトを起こしていく、いわゆる「コミュニティービジネス」の形態になっていきます。これまでスポーツのメディア戦略は最終的に試合を観てもらうために情報を投下し、そこからCRMなどを実施していく「1対N」のものでした。
しかしこれからは企業やスポーツクラブ側でプラットフォームを用意し、その中にファンを集め、すべてのファンにオーナーシップを持って過ごしてもらうことが重要になるのです。例えば我々は「スポカレ」というスポーツ専門番組表アプリを提供していますが、最近「みたいボタン」という新機能を実装しました。これはあるユーザーが興味を持った試合に「みたいボタン」を押すと、つながっている友人たちに「○○さんがこの試合をみたいと言っています」とお知らせするものです。
機能としてはシンプルなものですが、そうしたことがわかると「それなら観てみよう」と興味喚起を促すことができたり、「一緒に見よう」と誘いやすくなったりします。このようにプラットフォームを構築し、そこに対してファンが動きたくなるような仕掛けを施していくことが鍵となるでしょう。
また企業やクラブとして大切なのは、試合以外にもたくさんのコンテンツを用意することです。ファンはその中から自分が楽しみたいものだけをピックアップしたり、複数組み合わせてオリジナルの楽しみ方を見つけ、時には他のファンも巻き込んでいく。いわばビュッフェのようなスタイルでコンテンツを作り並べていくことが、365日モデルの肝だと言えます。