全6143文字
PR

 2020年3月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響により、同年開催予定だった東京オリンピック・パラリンピックの延期が決定した。前代未聞の事態により、競技生活を断念するアスリートや、強化費不足が懸念される競技団体なども出てきている。さらに、オリンピック・パラリンピック需要を見込んでいた企業にも甚大な経済的損失を与えることになった。しかし、こうした危機をチャンスに変えようとしている組織もある。自国開催のパラリンピックで初出場にして初のメダル獲得を目指すブラインドサッカーの男子日本代表だ。1年の大会延期は当然彼らの計画を大きく狂わせたが、同時に、コロナ禍だからこそ得られたものもあるという。それは何なのか。日本代表監督を務める高田敏志氏に話を聞いた。(聞き手=上野直彦、久我智也、取材日:2020年7月22日)

[画像のクリックで拡大表示]

「サッカーのことは考えないようにしよう」というマネジメント

COVID-19拡大の影響で、長年の目標として掲げていた東京パラリンピックの開催時期がずれたことは、選手たちのマネジメント面はもちろんのこと、スタッフ、そして監督ご自身のモチベーションなどにも大きく影響したのではないかと感じています。延期が決定した時はどのような心境だったのでしょうか。

高田 ブラインドサッカーの日本代表選手たちはプロではありませんし、コーチングスタッフも別の仕事をしながら活動しています。もちろん、家庭がある者もいます。これまでかなりの負担を背負いながらも、本番に向けて集中してきました。そのような中で1年延期となり、「果たして気持ちが持つのだろうか」という思いをまず抱きました。加えて、私自身も経営者でありながら2015年の代表監督就任以降はブラインドサッカーのことばかりやってきました。ですから、パラリンピックを終えたら仕事についても整理していかなくてはならないと考えていたところだったので、「自分はどうするんだ?」と自問自答していました。

自問自答というのは、2021年まで代表監督を続けるかどうかについてでしょうか。

高田 それも含めてです。当初の契約は2020年9月末までだったので、別の誰かに監督を引き継ぐという選択肢がなかったわけではありません。しかし就任から5年以上が経ち、チームの中でフィロソフィーを共有できている実感はありましたし、選手やスタッフもよく付いてきてくれていた。日本ブラインドサッカー協会(JBFA)の役員からも「このチームの結果を最後まで見ずに終わることは考えていないので、契約延長をお願いしたい」と言っていただき、契約を延長しました。

 その際、私からは「延期に伴って予算が減るかもしれないが、コーチングスタッフは減らさないで欲しい」という条件を提示させてもらいました。この4年間、我々はどうすればパラリンピックで勝てるのかを考え、誰に何を言われようとも、このやり方をしていけば必ずメダルに手が届くと考え、行動を共にしてきました。時には結果が出ずに解任という話が出たこともありますが、結果的に世界ランキング上位の国や、前回大会の上位国、アジアの強豪・中国といった国とも互角以上の戦いをできるようになってきていました。ここまでの過程には非常に自信があったので、これまで選手を支えてくれたスタッフを減らしたり変えたりすることなく、継続していくことがメダルにつながると思っていました。

パラリンピックの延期は2020年3月末に決まりました。本来であれば、重要な強化の場であった「Santen IBSA ブラインドサッカーワールドグランプリ 2020 in 品川」が開催されている頃でした。

高田 本来であれば、3月のワールドグランプリの後、欧州や南米などへの遠征を経て強化していく予定でしたが、2月の段階でその計画は白紙に戻り、チームの活動も停止することになりました。すぐに切り替えて行こうとは思っていましたが、我々も何をどうすればいいのか分からない状態でした。当時は日本ではじわじわ感染が拡大していましたが、欧州ではまだそこまで被害がひどくない状況だったので、海外の監督たちと連絡を取り合ってお互いの今後の活動予定や、大会の開催状況などに関して情報を収集したり、日程調整の相談をしたりして、いつでも動けるように準備していました。

延期の決定は選手たちにも動揺を与えたのではないかと思いますが、どのようにマネジメントしていったのでしょうか。

高田 当時、選手たちと直接会うことはできませんでしたが、まずは「サッカーのことを考えるのはやめよう」「食べたいものを食べ、しっかりと寝る。手洗いやうがいをして、自分自身と大切な人の安全を最優先に考えよう」と伝えていました。延期によって練習する時間は増えたわけですが、遠征もできないし、対外試合もできない。当然コンディションは下がりますが、どのくらいの期間があれば戻せるかも分かっていましたから仕方がないものとして考えていました。今回の災禍は、東日本大震災のように日本だけが被害を受けたわけではなく、世界中で同じような苦しみとの戦いを強いられるものでしたから、サッカーの上手い下手ではなく、ポジティブに頑張っていける者が強くなれると考え、とにかく選手とスタッフのモチベーションを切らさないことを大事にしていました。

 本音としては「1年は長いな」と思っていましたが、「準備期間が増えてラッキーだ」と伝えていくようにしていました。もともと僕たちはチャンピオンではなく、常に「うまく行かなかったら何を修正すべきか見極め、次にどうするか」を考えてプレーするようにしていました。練習においても「できない」という打ち消しの言葉は禁止していたので、今回も「1年間伸びるチャンスが増えた」と考える方向に持っていくようにしていました。個人的には、家族や会社にも「あと1年迷惑をかけるがよろしく頼む!」とお願いしました(笑)。

ブラインドサッカー男子日本代表の高田敏志監督。2013年にブラインドサッカー日本代表のGKコーチに就任。2015年11月より現職。ITサービスマネジメントやシステム運用コンサルティング、アスリートなどのマネジメントをするアレナトーレの代表取締役も務める
ブラインドサッカー男子日本代表の高田敏志監督。2013年にブラインドサッカー日本代表のGKコーチに就任。2015年11月より現職。ITサービスマネジメントやシステム運用コンサルティング、アスリートなどのマネジメントをするアレナトーレの代表取締役も務める
[画像のクリックで拡大表示]