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 2020年3月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響により、同年開催予定だった東京オリンピック・パラリンピックの延期が決定した。前代未聞の事態はスポーツにかかわるすべての人々に甚大な影響を与えることになった。しかし、このピンチをチャンスに変えようとしている組織もある。自国開催のパラリンピックで初出場にして初のメダル獲得を目指すブラインドサッカー男子日本代表だ。コロナ禍において同代表が前向きになれているのは、2020年6月に国内初のブラインドサッカー専用コート「MARUI ブラサカ!パーク(マルイ ブラサカ!パーク)」が完成したからだ。異例とも言えるパラスポーツ専用のグラウンドは、どのような経緯で造られたのか。そしてこの施設はブラインドサッカーやパラスポーツにどのような影響を与えていくのか。日本代表監督を務める高田敏志氏に話を聞いた。(聞き手=上野直彦、久我智也、取材日:2020年7月22日)

国内初の専用コートがもたらすもの

2020年6月にMARUI ブラサカ!パークが完成しました。初めてこの施設を見た時の印象を教えて下さい。

高田 僕が代表監督に就任してから、専用のコートを造ってくれとお願いしていました。「自分たちのコートが1つあれば、すべてが変わる」と訴えていたんです。僕の願いに対して、日本ブラインドサッカー協会(JBFA)の松崎英吾専務理事兼事務局長をはじめとした協会のスタッフたちも色々と手を尽くしてくれた中で、数年前に丸井グループが手を上げてくれて、この施設の構想がスタートしました。その後、具体的な設備に関してはJBFAに任せていたので、「丸井が持っている保養所を提供してくれる」くらいにしか思っていなかったので、完成後に初めて訪れたときは驚きました。

2020年6月に都内にオープンしたMARUI ブラサカ!パーク(マルイ ブラサカ!パーク)。丸井グループの保養施設を改築したクラブハウスに、2面のコートが併設されている。民間企業によってこれほどまでの施設が造られたことは「海外にもない」という
2020年6月に都内にオープンしたMARUI ブラサカ!パーク(マルイ ブラサカ!パーク)。丸井グループの保養施設を改築したクラブハウスに、2面のコートが併設されている。民間企業によってこれほどまでの施設が造られたことは「海外にもない」という
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コートは2面あり、ひとつは「ショートパイル」と呼ばれる短い人工芝で、もうひとつは「ロングパイル」と呼ばれる長い人工芝です。大会によって芝の種類が異なるので、同一の場所で両方に備えられるのは非常にありがたいです。人工芝の1つはパラリンピック本番で使用するものと同じなので本番に向けて十分な準備ができます。道路からも離れているので雑音も少なく、プレーに集中できる点も大きい。クラブハウスは、視覚障がいを持った選手たちをはじめ、誰でも使いやすいようにユニバーサルデザインが取り入れられていますし、当然ロッカールームやシャワーもあります。

 初めて訪れた際、コートの写真を僕のSNSに投稿したのですが、世界中のブラインドサッカー仲間から「ついにやったな」「いつか絶対に行きたい」という言葉が届きました。どの国にもナショナルトレーニングセンターのような施設はありますが、MARUI ブラサカ!パークのように一企業がブラインドサッカー専用の施設を造ったという例はありません。だから、世界の強豪国からも驚かれ、うらやましがられました。世界に追いつくためには、こうした育成からトップまでが練習できるような環境が一番重要だと考えていましたから、今後の日本ブラインドサッカー界に及ぼす影響は大きいと思います。

 本来であれば2020年8月末から始まるはずだったパラリンピック本番まで、MARUI ブラサカ!パークを使えるのは1~2カ月程度でしたが、延期されたことによって、1年間ここでトレーニングできるようになりました。メンタル的な意味も含めて、この点は大きくプラスになっています。

この専用コートができる以前は、練習場所はどうしていたのでしょうか。

高田 首都圏のフットサルコートなどを中心に使わせてもらっていましたが、一般の利用者との兼ね合いがあったり、雑音が少ない場所でなくてはならないという条件もあったので、場所を転々としていました。さらに、用具もその都度持って帰る必要がありましたが、決まった場所で練習ができることで選手やスタッフの負担も少なくなります。本当にありがたいことです。

この施設ができたことは、ブラインドサッカーだけではなく、パラスポーツ全体に与える影響も大きいのではないかと思っています。

高田 他の競技に関しては詳しくありませんが、ここまで専用で使える施設を持っている競技団体はないのではないでしょうか。もしかすると、J3のクラブなどよりも環境的に恵まれているかもしれません。その意味でも、我々にとって夢のような場所だと感じています。

 これまで東京パラリンピックに向けて、多くのスポンサーが応援をしてくれましたが、仮に本番で結果を出せたとしても、大会が終われば競技団体に入ってくるお金は絶対に減るでしょう。もちろん継続的に支援していただけるスポンサーもいるでしょうが、大多数は東京で行われるからこそ支援してくれているはずなんです。

 でも、サッカーはピッチですべてが決まります。欧州の国々が強いのも、下部のクラブでも立派なグラウンドや施設を持っているからなんです。そういった場所があると文化ができますし、スターも出てきます。だから、東京大会が終わってブラインドサッカーを取り巻く環境が下火になったとしても、こういう施設があれば選手やスタッフは頑張れます。パラリンピック後にこそ、この施設の真価が発揮されていくでしょう。

 MARUI ブラサカ!パークに初めて来たとき、英国のマンチェスター・シティやスペインのFCバルセロナ、レアル・マドリードなど欧州トップクラブの施設を訪れたときと同じような衝撃を受けました。僕はこの施設の建設・整備にかかった費用を把握していないのですが、こうした文化の創生を行う場所はお金に代えられない価値があると思っています。

 この施設が他の競技に与える影響に関しては、具体的に僕の口から言うことはできませんが、僕たちがメダルを獲得して、「この施設ができたから勝てた」と言えるようになれば施設の価値は何倍にも跳ね上がりますし、今後ブラインドサッカーを含めたパラスポーツの専用施設をつくる意義を説いていけるようになると思います。そのことは、この施設で初めて練習を行う際に選手やスタッフにも伝えました。これまでは、たとえ敗れても「練習場がバラバラだったから」「時間がなかったから」と言い訳ができる環境でしたが、平日も土日も好きなだけ使える専用の施設があるのだから「俺たちは絶対に負けが許されないんだ」と。

ブラインドサッカー男子日本代表の高田敏志監督。2013年にブラインドサッカー男子日本代表のGKコーチに就任。2015年11月より現職。ITサービスマネジメントやシステム運用コンサルティング、アスリートなどのマネジメントを務めるアレナトーレの代表取締役も務める
ブラインドサッカー男子日本代表の高田敏志監督。2013年にブラインドサッカー男子日本代表のGKコーチに就任。2015年11月より現職。ITサービスマネジメントやシステム運用コンサルティング、アスリートなどのマネジメントを務めるアレナトーレの代表取締役も務める
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