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 2020年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で多くのスポーツ競技団体が苦境に立たされた1年だったが、中には画期的なニュースもあった。そのひとつが、医療用眼科薬で国内トップのシェアを誇る参天製薬と、NPO法人日本ブラインドサッカー協会(以下、JBFA)、並びに一般財団法人インターナショナル・ブラインドフットボール・ファウンデーション(以下、IBF FOUNDATION)の間で10年間という長期パートナーシップ契約が締結されたことだ。オリンピック競技であってもここまでの長期契約はまれであるが、さらに特筆すべきは単なるスポンサーシップではなく、企業と競技団体それぞれのビジョンを達成するために結ばれたものである点だ。そのビジョンとはどのようなものなのか。そしてこのパートナーシップは今後のスポーツ界にどのような影響を与えていくのだろうか。一般社団法人Sports X Initiative、日本経済新聞社が共催した「Sports X Conference 2020+1」(開催は2021年5月25〜28日)に、谷内樹生氏(参天製薬代表取締役社長兼CEO)と松崎英吾氏(JBFA専務理事兼事務局長、IBF Foundation代表理事)が登壇。「参天製薬とブラインドサッカー協会が共に描くインクルーシブイノベーションのビジョン」と題し、今回のパートナーシップ締結の裏側を語った。

“異例”の10年契約

 参天製薬は創業130年を迎えた歴史ある眼科薬の企業であり、世界70カ国に医療用薬品や医療用器具を展開するグローバル企業でもある。同社がJBFAとIBF FOUNDATIONとの間で10年に渡る長期パートナーシップ契約を締結したのは、同社が掲げるパーパス(企業の存在意義)とブラインドサッカーの親和性の高さ故だ。谷内氏は次のように説明する。

 「参天製薬は『Happiness with Vision』というパーパスを掲げ、眼を通じて世界の幸せに貢献しようとしている企業です。そのためのメインの取り組みは治療薬の研究開発や供給ですが、その延長線上には『インクルージョンな社会』、つまり『視覚障がい者と健常者が混じり合って一緒に生活できる社会』をつくっていかなくてはならないという考えがあります。我々は17年からブラインドサッカーの支援はしていたのですが、このビジョンを確立したタイミングで改めて松崎さんとお話をさせていただき、同様の理念を掲げるJBFA、並びにIBF FOUNDATIONとの関係性をもう一歩深めていくことにしました」(谷内氏)

 JBFAは競技の強化、普及活動を行うと同時に、10年以上前から「ブラインドサッカーを通じて視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現すること」というビジョンを掲げ、小学校や企業向けの教育・研修プログラムを展開するなど、様々な活動を行っている。また19年に設立されたIBF FOUNDATIONはブラインドサッカーのグローバル展開だけでなく、世界の視覚障がい者のQOL(クオリティー・オブ・ライフ)の向上を目的にしている組織である。競技を通じて世界中の視覚障がい者にアプローチしていくという考え方が、参天製薬の目的と合致し、それぞれが本気でインクルージョン社会を実現したいと考えているからこそ、契約期間も10年という長期に渡ったという。

 「パラリンピック競技はメディア露出を前提とした協賛契約が成り立ちにくい業界です。そこで我々は企業からご支援をいただくために、『ブラインドサッカーと連携することでこういった社会課題の解決にアプローチができます』と伝えることでパートナーシップ契約を締結してきました。ただ多くの場合は単年か数年間の契約で、短期的な取り組みに終始してしまっていました。しかし10年という期間があれば、私たちがなりたい姿、あるべき姿を考えた上でそこからバックキャスティングで物事を考えて取り組んでいけます。そういった意味で、今回のパートナーシップ契約は、私たちが社会に対して何ができるのかを描き直すきっかけを与えていただいたものだとも言えます」(松崎氏)

 「医薬品開発は時間がかかることもあって弊社では長期的な経営を志向しています。それに視覚障がい者を取り巻く課題を解決してインクルージョン社会を築くには人々の意識や価値観を変革していかなければなりませんから、10年単位で取り組んでいくことは自然なことでした」(谷内氏)