新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生以降、突如一般的になった「不要不急」という言葉。感染症対策のために多くの業界の取り組みが「不要不急」と認定された。それはスポーツ業界にとっても対岸の火事ではなく、2020年に開催されるはずだった東京オリンピック・パラリンピックの延期を筆頭に、世界中で多くの大会やイベントが延期、中止、無観客に追い込まれた。
未曾有の事態のスタートから1年以上がたった今、世界中でワクチンの投与も進んできているが、スポーツをはじめ多くのエンターテインメント産業はいまだに「元通り」とは言えない。特に日本においては、延期されていた東京オリンピック・パラリンピックの開催が目前に迫った中でも開催可否に関して世論が分かれ、「スポーツは社会に必要なのか」が日々議論されている。決して簡単に答えが出る問いではないが、スポーツ組織の長や、スポーツを国策のひとつに掲げる政府の一員はどのように考えているのだろうか。一般社団法人Sports X Initiative、日本経済新聞社が共催した「Sports X Conference 2020+1」(開催は2021年5月25〜28日)に、Jリーグチェアマンの村井満氏と、国務大臣 衆議院議員であり、かつてJリーグ・湘南ベルマーレの代表取締役会長を務めた河野太郎氏が登壇。「この世界にスポーツ・サッカーがあることの意味を考える~スポーツは社会に必要なのか~」と題し、スポーツの存在意義について語り合った。その要旨をレポートする。
多方面に渡る「スポーツの価値」
チェアマンとしてJリーグの感染症対策を率いてきた村井満氏。COVID-19ワクチン接種担当として関係官庁や製薬企業などとの調整を行う河野太郎氏。互いにスポーツに深く関わるだけではなくCOVID-19の脅威と相対しながら組織を差配している。そんなスポーツの魅力と感染症対策の厳しさを肌で感じている両者はスポーツの価値をどのように捉えているのだろうか。湘南ベルマーレの代表取締役会長の立場から地域とも関わりを持った経験がある河野氏は「地域の資産」としての価値を、村井氏は「人間の感情を発露させるもの」としての価値をあげた。
「今では『ベルマーレがなかったころの平塚はどんな地域だったっけ?』と思うくらい街にベルマーレが根付いていますし、地域経済への寄与や、社会貢献活動をしてくれています。平塚や湘南地域において、ベルマーレはひとつのシンボルとして回り始めていると言えるところは大いにあると思います」(河野氏)
「今の社会では喜怒哀楽を表出させられることはなかなかありませんが、スポーツを見ている時にはそれができます。我々が人間であることを再確認できる貴重なタイミングだと思うんです。特にサッカーはミスが多く入る点数も少ないスポーツで、うまくいかないことばかりの世の中のようなものですが、困難にぶち当たっても立ち上がる選手たちの姿を見ていると、チェアマンである私も頑張ろうと思えます。そういった意味で、スポーツは人間の内面を奮い立たせる数少ないモチーフだと思います」(村井氏)
両氏が挙げたものはスポーツの根源的な価値と言えるが、近年では「イノベーションの苗床」として、テクノロジーの実験場として、あるいはスポーツが人と人、組織と組織を結びつける役割も担っている。
「サッカーの試合では選手一人ひとりの走行距離や加速度、選手同士の距離など、様々なデータを取得できます。こういったものはどんどん解放していきたいと考えています。エンタメ的な観点でも、スタジアムで太陽の下でビールを飲みながら楽しむ日もあれば、家族と一緒に空調の効いた部屋でバーチャルリアリティー(VR)を使って観戦するということもできていくでしょう。そのようにリアルとバーチャルがシンクロする一番先頭にスポーツがあるのではないかという気がしています。企業がテクノロジーの開発実験をする際には、スポーツをその舞台とすればいいと思いますし、そのためにもエンジニアや起業家、生活設計をする提案者など、いろいろな人が市場に入ってきてもらいたいとも思っています」(村井氏)