米プロアイスホッケーNHLがプレー分析を強化している。2021年4月、NHLとドイツSAPは、3世代目となるモバイルアプリ「SAP-NHLコーチングインサイト」のアップデート版を発表した。
NHLが最初にベンチで米アップルのタブレット端末「iPad」の使用を最初に許可したのは2016-17シーズンのプレーオフだった。出場16チームに対して、各チーム3台の「iPad Pro」を使うことを認めたのである。中でもピッツバーグ・ペンギンズのヘッドコーチであるマイク・サリバン氏は新しいツールを巧みに使うことでチームを優位に立たせることができると考え、それを優先的に使用し、選手たちがベンチでiPadをのぞき込む様子が話題になった。それが奏功したのか、同年6月、ペンギンズは優勝カップを手にしたのである。
当時iPadにはビデオ技術企業の米XOS Digitalが開発した専用アプリ「iBench」がインストールされ、試合中のプレーのハイライトなどが自由に、ほぼリアルタイムで見られるようになっていた。それだけでも選手やコーチにとっては客観的にプレーを分析、指示が出せるようになり、大きなアドバンテージになったという。サリバン氏は同年、XOSが開催したカンファレンスに登壇し、このツールを絶賛したという。
その後、iPadを使用する分析ツールの開発はNHLが提携するドイツのソフトウエア会社のSAPに受け継がれて進化し続けている。SAPはアプリがもたらすユーザーエクスペリエンスをさらにシンプルにし、コーチが必要とする重要な指標を拡張、試合前後の準備を深めるために使い勝手を向上させたという。このSAP-NHLコーチングインサイトというアプリは、全31コーチングスタッフとSAPとのオフシーズンのワークショップから生まれたという。なお、アプリはSAP Business Technology Platform(SAP BTP)をベースにし、SAP HANA Cloudデータベースを搭載している。
20年春のシーズン休止中には、ビデオ会議システムのZoomを使ってミーティングが行われ、時には85人ものコーチがログインしたこともあったという。サリバン氏はその意義について「今回のパンデミックでは、これまで以上にテクノロジーを駆使して選手と交流してきました。アプリについて言えば、凝縮されたスケジュールの中で、選手のワークロード管理の重要性が増しています。氷上での時間やその他の指標を詳細に追跡することは、我々にとって非常に重要です」とコメントしている。
ただ、システムを統一するのは容易ではなかったようだ。例えば何を得点チャンスやネット周辺の失点危険区域ととらえるかなど、各チーム、コーチによって考えが違うため、結局NHLとSAPはいくつかの選択肢を用意することになった。例えば得点チャンスエリアに関しては5つのバリエーションがあり、各チームで選択して使用できるようになっている。アプリの機能としては、まず試合を重要なセグメントで区切ってショットや試合の勢い、モーメンタムを分析できる。また選手が試合中に滑った距離と最高速度を把握でき、さらに10秒ごとに区切って見られることで最適なシフトの長さが導き出せるようにもなっている。
ペンギンズのコーチングスタッフが有用な使用例としてあげたのがプレーの開始で行われるフェースオフの分析機能だ。フェースオフでは2人の選手が相対する中でパックが落とされ取り合うが、この機能では選手の組み合わせごとに過去の結果が合計だけでなく、位置によっても表示できるようになっている。フェースオフの決断は迅速に行うことが必要で、素早く情報にアクセスできることが重要であるということだ。