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 知財の世界で画期的な判決が2019年10月31日に確定した。FX(外国為替証拠金取引)や株価指数CFD(差金決済)取引を個人向けに提供するマネースクエア(東京)の親会社であるマネースクエアHD(東京)が、外為オンライン(東京)が提供していたサービスの停止を求める特許権侵害訴訟を提起していた。2019年10月8日、知的財産高等裁判所は外為オンラインが行った控訴を棄却した。外為オンラインが上告を断念したことを受け、マネースクエアHDの全面勝訴の判決が確定したのだ。

 実は、ビジネス関連発明特許に係る特許侵害訴訟で原告が勝つことは極めてまれだ。過去の例を見ても、原告勝訴は、マネースクエアが同じく外為オンラインに対して起こした訴訟で2018年12月に勝ち取った1件だけとなっている(図1)。

図1●ビジネス関連発明に係る主な特許侵害訴訟と結果
図1●ビジネス関連発明に係る主な特許侵害訴訟と結果
(出所:正林国際特許商標事務所)
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 前回のマネースクエア勝訴は初めてで、その意義を図りかねていた面がある。だが、今回、2回目の勝訴事例が確定したことで、ビジネス関連発明特許に関する傾向と対策が見えてきた。今回のマネースクエア勝訴の背景にあるのは、裁判所の特許権者に対する姿勢が好意的に変わったことと、マネースクエアの高度な知財戦略だ。

特許侵害訴訟の背景

 マネースクエアなど個人向けにFX取引を提供している会社は、顧客にさまざまな取引プログラムを提供している。相場に張り付いていることが可能な機関投資家の担当とは異なり、一般のサラリーマンや主婦は片手間にFXトレードを行っているので、自分が市場を見ていない間に発生した為替変動に自動的に対応するニーズが強い。

 このため、あらかじめ取引パターンを登録しておき、実際に期待した通りの為替変動が起こった場合に登録されていた取引が自動的に行われて、利益を確定させるサービスを各社が提供している(発注管理)。こうした利便性が受けて発注管理サービスの利用は拡大しており、その指標となるFX取引の証拠金残高も着実に増加、2019年には2兆円に達した(図2)。

図2●外為証拠金取引の証拠金残高(年度末)
図2●外為証拠金取引の証拠金残高(年度末)
店頭FXは金融先物取引業協会、くりっく365と大証FXは東京金融取引所・大阪証券取引所データを基に正林国際特許商標事務所が作成。
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 マネースクエアの場合、こうした取引を繰り返すリピート系発注機能の元祖ともいえるトラップリピートイフダン「トラリピ」を提供している。

 マネースクエアが提供するトラリピの仕組みはこうだ。顧客はあらかじめ、[1]取引の順番(買ってから売るか、売ってから買うか)、[2]為替の変動範囲、[3]発注個数、[4]いくら以上の利益が出たら取引するか、[5]相場が思惑と反対方向に動いた場合のストップロス(任意)、の5つをあらかじめ登録しておく。

 こうしておけば、市場の細かな変動の都度、自動的に取引をして利益を確保することができる。また、市場の大きな変動の際には損失のヘッジを行うことができる。マネースクエアの顧客の75%がトラリピを利用しており、顧客にとってマネースクエアを利用する強力なモチベーションとなっている。

 外為オンラインは、2014年10月に「サイクル注文」、次いで「iサイクル注文」というサービスを開始した。これらのサービスでは、あらかじめ顧客が取引パターンを登録し、自動で取引を行うという基本的な仕組みはマネースクエアのトラリピとほぼ同じである。ただ、シフト(決済価格の遷移)の順序が両社で若干異なることから、外為オンラインでも当該発明について特許を取得し、ライブスター証券(東京)やFXブロードネット(東京)などにもこのライセンスを提供していた。

 これを受けて、マネースクエアが2015年9月を皮切りに3度外為オンラインを特許侵害で提訴した。そのうち、2度にわたってマネースクエアが高裁で勝訴。最終的に外為オンラインが上告を断念し、マネースクエアの勝訴が確定した。