我が国の国民医療費は増加の一途をたどり、2017年度では43.1兆円に達した。その多くは税金で支払われる社会保障費であり、その金額である34兆円は一般歳出(58.9兆円)の中では最大。実に6割を占め、年々増加している。
歳入は少子高齢化により先細ることが明白で、このままでは国家財政が成り立たなくなることが懸念される。何としても社会保障費、特に医療費の増加を抑制することが急務だ。
認知症の予防・早期治療は待ったなしの課題
中でも早急な対策が必要なのが認知症の分野だ。高齢者の増加に伴い、認知症の患者数は増えている。それにより、医療費や介護費用も増加している。医療費には含まれないものの、多くの家族が介護のための休業などを余儀なくされ、生産性を低下させている。
2015年に慶応義塾大学医学部のグループが行った推計によれば、直接的な医療費や介護費に加え、周囲の人間が就労できないコスト(インフォーマルケアコスト)の合計が2014年に14.5兆円に達し、2060年には24兆円を上回るとしている(図1)。
特に厄介なのがコスト全体の約4割を占めるインフォーマルケアコストだ。基本的に患者個人が治療を受ける通常の疾病とは異なり、認知症では周囲の協力が必要であるため、その結果、多くのインフォーマルケアコストを生み出している。認知症の予防が可能になれば、このインフォーマルケアコストも併せて削減できることになり、国民経済へのプラス効果が大きい。
2012年の調査では、日本の65歳以上の高齢者における認知症有病率は15%であり、有病者数は、約462万人と推計されている。認知症の前段階は軽度認知障害(MCI)と呼ばれ、適切な予防対策を行うことで、約26%が健常者に戻るといわれている。だが、その一方でMCIになってから適切な処置をしなければ1年で10%、5年で40%の人が認知症を発病するといわれる。認知症患者を抑えるには、その前段階であるMCIを早く発見し、治療することが極めて重要だ。
認知症の前段階であるMCIには、特徴的な行動パターンが現れることが知られている。その行動パターンを発見するには、日常の行動パターンを記録し、異変が発生したことを認識する必要がある。
期待されるウエアラブル端末活用
そのためには、日常的に検査機器を装備することが大切だ。MCI患者の中には、症状を認めたがらない人も多く、懸念が出始めたころには装置の装着が困難になるケースが少なくない。日常的に使っていれば装着の抵抗感が少なく、無理なく異変を見つけることができる。
こうした、軽量化し、低電力化された持ち運び可能で、非侵襲(体に傷をつけずに行うこと)な検査機器、すなわちウエアラブル端末は、新薬や据え置き型医療機器に加わる第3の柱として注目されている。
このMCI早期発見はその後の介護費用の大幅な削減につながるため、介護保険の料率低下につながるだろう。現在、損害保険会社がドライブレコーダーを提供して自動車保険の料率を決定しているように、今後、保険会社がウエアラブル端末やサービスの提供を介護保険者に対して行うことが一般的になっていくと思われる。
患者の負担が少ないウエアラブル端末に進化
認知症に限らず、ウエアラブル端末の可能性は大きい。体の動きや音など非侵襲で入手できるデータは、歩数や移動距離、睡眠状況、心拍数など数多い。従来はそれぞれを専門の計測器で測定していたが、現在ではスマートフォンや、全てが計測できる小型の計測器が開発され、データ通信によって情報収集することが可能だ。
最近は、こうした基本情報を基に高度な分析を行い、呼吸器系の疾患の判定や精神疾患、無呼吸状態の判断などに応用しようとするベンチャー企業も出てきている(図2)。今後、患者のデータ分析が進めば、患者の負担が少ない非侵襲のウエアラブル端末による測定の幅が大きく広がると思われる。
ネットワーク化と軽量化・省エネ化に向けて進化
現在、ウエアラブル端末の開発は大きく2つの方向に向かっている。1つは、ネットワークテクノロジーの進化への対応だ。バイタルデータの場合、一般的に1日数回のデータ送信で済み、送るデータ量が少ない。このため、LPWA(Low Power Wide Area)や中継技術の開発が進むことで、通信範囲の拡大や通信コストの低減、省電力を目指した端末の開発が進んでいる。
もう1つは、軽量化・省エネテクノロジーだ。安定的にバイタルデータを送り続けるには、充電や電池交換回数を極力減らす必要がある。最終的には電池交換が不要である発電として、光発電や体温と外気との温度差での発電技術などの開発が進められている。
最先端では、シャツやコンタクトレンズ、爪などに目立たないセンサーが組み込まれ、バイタルデータを負担なく取集する研究が進められている(図3)。