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 新型コロナウイルスの脅威は沈静化の兆しを見せず、先の見えない状況が続いている。感染者は既に全世界で231万人を超え、15万8000人を超える死者が出ている(4月19日現在、ジョンズ・ホプキンス大)。治療のために富士フイルムホールディングスの子会社である富士フイルム富山化学(東京・中央)が生産する「アビガン」の早期承認が期待される他、世界のメガ・ファーマ(巨大製薬企業)もこぞって新薬開発に乗り出している。

 もちろん過度な期待は禁物だが、今までとは異なり、官民を挙げての研究開発支援体制が臨床試験・承認手続きだけではなく、財政的にも大掛かりなものとなった。世界各国の製薬会社も目の色を変えて開発に取り組む姿勢を打ち出しており、過去の抗ウイルス性疾患の薬の研究開発にかかった期間を大幅に短縮できると期待が持てる。

 思い返せば、2002年のSARS(重症急性呼吸器症候群)や2012年のMERS(中東呼吸器症候群、これらはいずれもコロナウイルスによる疾患だった)、インフルエンザと、季節性ウイルス疾患の流行は毎年話題になっていた。にもかかわらず、残念ながら新薬は出来上がっていない。それには、もともと抗ウイルス剤の開発が極めて難しいという事実に加え、製薬会社にとって開発投資の回収が難しいという現実がある。

開発の難しい抗ウイルス剤

 ウイルスは構造が単純で特有の特徴が少なく、かつ細胞の中に入り込んでしまう。そのため、細胞に影響を与えずに細胞中のウイルスだけに特異的に効果を示すような抗ウイルス薬の開発は非常に難しい。そこで、ウイルス感染症による重篤化を防ぐため、予防ワクチンの開発に重点が置かれてきた(表1)。

表1●主なウイルス性感染症に効くワクチンと薬の開発状況
表1●主なウイルス性感染症に効くワクチンと薬の開発状況
(出所:各種資料を基に正林国際特許商標事務所作成)
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抗ウイルス薬の開発が遅れた理由

 ウイルス性疾患については、ほとんどの疾病において特効薬がなく、またその開発対象もHIV(ヒト免疫不全ウイルス)ウイルスなどに限られてきた。民間の製薬会社にとって抗ウイルス薬の開発が難しいのは、次の3つの理由がある。

(1)新薬開発が技術的に極めて難しい

 ウイルス感染症に一旦かかってしまった場合、抗ウイルス剤(薬)での治療を行うことになる。実際には、ウイルスの増殖や放出の過程を阻害する薬を投与することになる。インフルエンザを例にとれば、ウイルスの増殖後、放出される際に必要な酵素であるノイラミニターゼを阻害するのが「タミフル」など。ウイルスの遺伝子複製時にDNA(デオキシリボ核酸)からメッセンジャーRNA(リボ核酸)への転写を行う酵素であるRNAポリメラーゼを阻害するのが「アビガン」などである(表2)。

表2●抗インフルエンザウイルス剤の分類
表2●抗インフルエンザウイルス剤の分類
各種資料を基に正林国際特許商標事務所が作成。
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 このように、直接ウイルスを攻撃することができないことから、副作用を慎重に考慮する必要がある。加えて、効果の判定が難しく、新薬として認められるハードルが高い。これらが抗ウイルス薬の開発を難しくしている。

(2)患者数が少なく、採算が合わない

 現在、抗ウイルス薬として各社が取り組んでいるのが抗HIV薬であり、この患者は年間180万人程度である。また、1度かかってしまうと患者はほぼ一生抗HIV薬を飲み続ける必要があり、製薬会社としては安定した需要が見込める。

 一方、その他のウイルス性疾患は患者数が少ない。2003年と2012年にそれぞれ猛威を振るったSARSとMERSも、報告された患者数は1万人以下だった。これに対し、今回の新型コロナウイルスの患者は冒頭の通り世界で230万人を超え、まだ増え続ける見込みであることから、新薬開発対象となる患者数は超えたとみられる(表3)。

表3●主要疾病と患者数
表3●主要疾病と患者数
厚生労働省などのデータを基に正林国際特許商標事務所が作成。
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(3)必要な開発期間に比べて流行期間が短い

 一般に、薬の開発から承認までは長い時間がかかる。季節性の強いウイルス性疾患の場合、開発が終わって認可されたころには流行が終息していることが考えられる(表4)。

表4●新薬開発の流れ
表4●新薬開発の流れ
各種資料を基に正林国際特許商標事務所が作成。
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