今回、我々は東証1部上場企業について、市場の評価から知財価値を推定し、ランキングを作成した(表1)。その結果、1位はキーエンスとなり、以下は武田薬品工業と中外製薬となった。上位に入った企業の中にはかなり大きな額の知財価値を持っている企業があることが判明した。また、急成長を遂げる新興企業の中にも、大きな知財価値を持っている企業が多いことが分かった。
我々が知財価値を評価しようとした背景には、知財の価値を評価する手法が確立されておらず、その結果、有力な知財であっても資金調達につながらないという問題意識がある。
なぜ業績が悪くなると資金調達が難しくなるのか
新型コロナウイルスの感染拡大による景気後退により、業績が悪化する企業にとって、資金調達が大きな課題となっている。
なぜ業績が悪くなると、資金調達が困難になるのか。銀行は貸出先の自己査定を行っており、貸出先の業績が悪化すると債務者のランクを引き下げることになる。このランクダウンにより貸出債権がⅢ分類・Ⅳ分類と評価されると、新規の貸し出しが困難になる。結果、企業の資金調達が難しくなるのだ(表2)。
ただし、例外もある。担保だ。貸出先の業況が悪化しても、適格な担保(以下、適格担保)で保全されていればその債権はⅡ分類にとどまるので、銀行は新規の貸し出しを行うことができる。平時にはあまり意識することはないであろうが、今回のような急激な景気悪化局面では、企業の担保余力が生死を分けることが往々にしてある。
一般に、適格担保とは不動産や有価証券のことである。どんなに強力な特許で、その特許が収益の源泉になるとしても、特許は通常、適格担保として認められない。これは特許の評価が困難であることによる。
資産計上されない研究開発費
特許の前提となる研究開発だが、日本の会計基準では、研究開発費は全額費用認識され、資産計上されない。これに対し、国際会計基準(IFRS)では、研究局面(research phase)と開発局面(development phase)の2つに区分し、研究局面の支出は発生時の費用として認識。開発局面の支出は表3の6つの要件を全て満たすものについて資産計上することとされている(IAS38号57項)。ただし、実際には研究開発の段階でこれら6つの要件を満たすことは難しく、研究開発費の多くはやはり費用認識され、資産計上されていない。
研究開発の成果が発明につながり、特許が認められたとしても、その特許が資産計上されることはない。通常、担保は簿価、あるいは時価に処分までの減価を織り込んだ掛け目を掛け合わせて評価される。研究開発費や特許など、資産に計上されない資産は担保としての評価が困難である。
知財価値の推定
現在、担保評価は困難だが、特許を含む知財の価値は企業によっては巨額であると推定できる。今回、東証1部上場企業のうち、直近の業績が赤字ではない1918社の企業について、市場の評価と財務データをベースに企業が保有する知財価値の推定を行った。
[A]推定手法
現在の会計基準では、特許などの知財資産を除いて基本的に資産は時価評価されている。このため、会計上の純資産は時価での資産超過分(資産-負債)を示していると考えられる。
一方、株式の時価総額は市場の評価だが、本来は企業の将来利益の現在価値を示している。ただ、実際の時価総額は、企業の将来利益の現在価値とは異なっている。知財価値以外は既に時価評価され、オンバランスになっていることを考えると、その違いはオフバランスになっている知財価値であると考えられる。
理論的には、時価総額と会計上の純資産との差額は増資により資金調達が可能である。よって、時価総額を基にした知財価値評価は将来の資金調達にもつながる評価であると考えた。
[B]具体例
知財価値ランキングトップのキーエンスを例に、知財価値推定の手法を説明する。
東証1部の平均的な株価純資産倍率(PBR)は、2020年6月8日時点で1.237倍となっている。これは将来利益の現在価値がバランスシート上の純資産の何倍に評価されているかを表している。
キーエンスの2020年3月期における年率自己資本増加率(ROE)は11.8%と、東証1部上場企業の直近決算の平均ROEである6.2%を大きく上回った。従って、キーエンスの将来利益の現在価値を表すPBRは、1.237倍×11.8%/6.2%=2.35倍と推定できる。
キーエンスの2020年3月末時点の純資産は1.7兆円であった。ここから、PBRが2.35倍というのを基に計算すると、キーエンスの将来利益の現在価値は4.1兆円となる。一方、2020年6月9日時点の時価総額は10.8兆円なので、差し引き6.7兆円が知財価値となる(図)。