米中などに比べ、日本は圧倒的に特許訴訟の件数が少ない。これには、特許侵害訴訟を行っても勝率が43%とそれほど高くないことに加え、勝訴しても実際に得られる賠償金が少ないため(83%が1億円以下)に訴訟を断念するケースが多いことが原因として考えられる。
特に、出願が増加しているビジネス関連発明特許に係る侵害訴訟については、これまで侵害と認定されたケースがほとんどなく、特許の抑止力という観点で懸念されてきた。
ところが、2020年4月に特許の損害賠償額の算定基準が変更された。これにより、認められる金額が増加する見通しとなった。2019年10月の「マネースクエア知財高裁判決」に見られるような特許侵害についての実質的判断と併せて、フリーライダー(侵害者)には脅威になる。
知財訴訟の概況
[1]審決取消訴訟
特許庁が行った判断である審決に関して異議のある出願者・利害関係人などは、審決の取り消し訴訟(以下、審決取消訴訟)を行うことになる。
審決取消訴訟の件数の推移は図1の通り。全体的に新しい訴訟提起は減少傾向にあり、特許庁の判断を受け入れる傾向が強まっている。合計の訴訟件数が減った分、審決訴訟を提起する案件は判断が難しい割合が増え、平均審理期間は長期化の傾向がある。
[2]知財関連訴訟(知財高裁控訴審)
知財に関する侵害が行われたと判断した場合、知財権者は侵害訴訟を提起することになる。第一審は地裁が担当するが、控訴審は全て知財高裁が担当する。
知財高裁が担当した知財関連訴訟の件数の推移は図2の通り。2015年までは全体的に増加傾向にあったが、それ以降、結審が進んでバックログが減少するとともに件数は減少傾向にある。平均審理期間は7~8カ月程度と横ばいとなっている。
[3]損害賠償請求(知財関連民事訴訟)
知財に係る侵害訴訟以外の訴訟(主に損害賠償請求訴訟)は通常の民事事件として扱われる。
地裁における訴訟提起は2017年に急伸したが、その他の年はおおむね500~600件前後で推移している。平均審査期間は短期化しており、2018年ではおおむね1年となっている。控訴審まで進む比率はこの10年の平均では27%程度。控訴審の件数は減少傾向にあり、バックログ(積み残し)の解消が進んでいる。平均審理期間は7カ月程度で横ばいとなっている(図3)。
[4]特許権侵害に関する訴訟の結果(2014~2018年)
特許訴訟に限った訴訟の結果は図4の通り。68%が判決まで行っており、ほとんどが和解で決着する米国との顕著な違いとなっている。なお、判決の内訳は認容など原告にとって有利な結果が17%、棄却など原告にとって不利な結果が51%である。原告にとっては、和解の32%のうち、差し止め給付条項・金銭給付条項なしの6%を除く「原告に有利な結果である26%」+「判決における有利な結果17%」=43%が、有利な結果の期待値である。これは、必ずしも高いとは言えない数字だ。
特許訴訟において、和解・あるいは判決において認められた賠償額は図5の通り。概して認められた金額は少なく、1億円以上のケースは全体の17%しかない。日本において、第一審での特許訴訟関連費用は4000〜6000万円と言われている。この費用は原告が和解、あるいは勝訴によって得た賠償金により賄われることになるため、この金額はいかにも少ない。
原告は、約4割の「自身に有利な結果の期待値」と「認められそうな賠償金額」を見ながら訴訟するかどうかを判断する。そのため、日本では知財訴訟の件数が少ないのである。
訴訟をなりわいとするパテント・トロールが一定の存在感を持つ米国は別として、日本の件数は中国やドイツなどと比べても少ない。訴訟を行うモチベーションが低く、また賠償額が少ないと、フリーライダー(侵害者)からすれば「訴訟に負けたとしても本来必要だったライセンス料を支払うだけ」と割り切られて侵害されてしまう。こうなると、知財の抑止力が効かない懸念が生じる。