特許を数多く持つ企業は、事業拡大についてより大きなポテンシャルを持ち、増収を実現させて企業価値を向上できると思われている。だが、現実は必ずしもそうではない。
事業の成長性は時としてドラスチックに変化する。その結果、優位性の源泉だった特許ポートフォリオが、成長分野には使えないというケースが起こり得る。それまで業績をけん引してきた事業の成長性が鈍化すると、一時的にせよ業績が低迷し、投資家の評価が悪化する。現在の株式市場では、キヤノンがその典型例だ。
時価総額の減少が続く
キヤノンは国内特許出願件数でトップである(図1)。減少傾向にあるとはいえ、過去5年間の登録・公開特許出願件数は1位を堅持している。
キヤノンは海外特許の出願件数も世界的に見てトップクラスで、2020年の米国特許商標庁に登録された特許数(速報値)は10年連続3位となったほどの最先端技術をけん引する企業の1つである。
ところが、企業の評価と言える時価総額は、2018年1月以降減少を続けている。4兆円あった時価総額は、一時2兆円を下回った後、現在(2021年1月18日)でも3兆円を割り込んでいる(図2)。世界的な株高基調、特にハイテク企業の株価が上昇する中にあって、この時価総額の低迷はキヤノンにとっては不本意であろう。
キヤノンが持つ事業展開力と高い技術水準から見て、ビジネスの将来性が縮小したとは考えにくい。この高い技術力がなぜ株式市場で評価されないのか。特許から分析した。
イメージングの落ち込みをメディカルでカバーできなかった
キヤノンの業績は確かに2017年をピークに悪化している(図3)。もともと海外売上高の割合が高く、円高の影響を受けることはあったが、2019年の落ち込みはその悪影響を上回るもので、利益水準は前期の半分にまで落ち込んだ。2020年は世界的な新型コロナウイルス感染症の拡大の影響を受け、さらに利益水準が低迷する予想となっている。
事業セグメントで見ると、最も足を引っ張ったのは、デジタルカメラとインクジェットプリンターを主力とするイメージングシステムだ。この部門は2017年には安定しているオフィス部門に匹敵する営業利益を計上していたが、2019年の営業利益水準は2017年の1/4にまで落ち込んだ(図4)。一方で、底支えを期待したメディカルシステムの業績が期待を下回ったことも大幅減益の理由と言える。
キヤノンにとって、イメージングシステムは利益貢献にとどまらず、資金効率の面で優等生であった。比較的小さい設備投資負担で生産が可能であること、技術的におおむね成熟し、研究開発投資が少なくて済むこと──などを理由に、業績好調な2017年当時のセグメント別ROA(営業利益/資産)は実に45%に達していた(図5)。
だが、もともとROA45%は高過ぎて、サステナブル(持続可能)とは言えない水準である。キヤノンもそれを理解しており、新たな事業分野としてメディカルシステムを加えたという背景があると思われる。しかしながら、この部門のROAは10%にとどまり、利益貢献という観点からは不十分であった。