岸田文雄内閣の掲げる「新資本主義」における政策の目玉となる分配強化。もちろん、従業員にとって給料が上がるに越したことはない。だが、実際自分が勤めている企業にどれだけの賃上げ余力があるかが分からずに給料だけ上げられても、それはそれで不安になる、というのが本音であろう。
今回、2020年7月に東証1部企業を対象に行った「人財価値分析」をアップデートし、上場企業全体の人財価値(賃上げ余力)*を分析した。その結果、平均年収の高い企業には賃上げ余力が残る一方、平均年収1000万円以下の企業では新型コロナウイルス禍の影響を受けたことなどもあり、余力がないことが分かった。
[1]調査方法
(1)対象
東証1・2部とジャスダック(グロース・スタンダード)、マザーズに2021年12月14日現在上場する企業で、直近の決算で単体の営業利益・人件費の開示がある企業を選定した。そこから、持ち株会社と従業員数が10名未満の企業を除外し、3106社について調査した。
(2)人財価値の計算方法
まず、上場企業の平均的なターンオーバー〔(営業利益+人件費)/人件費〕、すなわち、上場企業に勤める平均的な従業員が自分の給料の何倍稼いでいるかの倍率を計算する。これは1.8倍であり、上場企業の社員は自身の年収の1.8倍稼いでいることが分かる。
次に、当該企業の平均年収に1.8倍を掛け合わせ、平均ターンオーバーに基づく平均的な年収を試算した。その後、当該企業1人当たり営業利益からこの試算値を差し引き、人財価値とした。
ここで人財価値と呼んでいるのは、この値が平均的なターンオーバーで試算した年収を超えて企業に利益をもたらしている額であるからだ。一方で、この値は企業にとっては賃上げ余力となる。人財価値が大きな企業は稼ぐ社員を多く抱えているという見方ができる一方、もっと給料を払う余力が大きい企業という見方もできるのだ。
[2]給料が多いほど利益が多い
(1)平均年収が高いほど利益が多い
平均年収と1人当たり営業利益との関係を見ると、平均年収が増えるほど1人当たり営業利益が大きいことが分かる。特に500万~750万円の平均年収のゾーンで、1人当たり営業利益が415万円なのに対し、平均年収が750万~1000万円になると営業利益は1105万円と3倍弱に増加する。3年で3割の賃上げを表明した日本電産の戦略は至極合理的だと言ってよい。
(2)平均年収が高いほど、給料の何倍も稼ぐ
給料の何倍稼ぐかを示すターンオーバー(倍率)も年収が高いほど大きくなる。やはり給料が高くなることで仕事に対する生産性が高まり、収益性が高まる関係にあると考えられる。
(3)人財価値(賃上げ余力)は平均年収1000万円以下ではゼロ
人財価値(賃上げ余力)は、年収1500万円以下では全てマイナスとなっており、全体でも641万円のマイナスだ。このことは、平均ターンオ―バーに達していない企業のマイナス分が全体の足を引っ張っていることを示しており、そうした企業の給料が高すぎるという問題を示している。
このように、平均年収が高いほど利益貢献が大きいことが分かるが、賃上げ余力は多くの企業で乏しいことが分かる。この改善のためには各企業におけるターンオーバーの向上が不可欠であり、事業の生産性を引き上げながら賃金も引き上げ、一層のターンオーバーの向上を目指す戦略が求められている。