全2815文字
PR

 メタバースに関する記事をよく目にする。しかしながら、気を付けてみると、メタバースを使ったDX(デジタルトランスフォーメーション)化やマーケティングの提案といった記事がほとんどで、メタバースを支えるハードウエア面での画期的な発明というニュースがない。

 実際のところ、市場拡大も後ろ倒しになっている。特に、成長のドライバーと期待されるAR(拡張現実)市場に関して、2018年に発表された「情報通信白書」では2020年のグローバル市場は30億米ドルにまで拡大するとしていた。ところが、実際の2020年は5億米ドル程度にとどまり、2022年になって初めて10億米ドルを超える見通しになっている(図1)。最終的な市場が数十兆円規模になるという予測には誰も疑いを挟まないが、一方でその立ち上がりの遅れは誰もが認めるところであろう。

図1●AR市場の予測と実際
図1●AR市場の予測と実際
(出所:平成30年版情報通信白書などを基に正林国際特許商標事務所が作成)
[画像のクリックで拡大表示]

 大手企業の気になるニュースも多い。ブルームバーグの2022年1月15日の報道によれば、米Apple(アップル)はARヘッドセットを2022年6月の世界開発者会議(WWDC)で披露し、年内にリリースすることを目指していた。だが、過熱とカメラ、ソフトウエアに関連した開発上の問題で遅れが生じ、発表は今年末あるいはそれ以降に、発売は2023年にずれ込む可能性があるという。また、同じくブルームバーグが2022年6月13日に報じたところによると、米Meta Platforms〔メタ・プラットフォームズ、旧Facebook(フェイスブック)、以下Meta〕も、自社初となる予定だったスマートウォッチの開発を断念した。「Metaスマウォ」と呼ばれるスマートウォッチは2023年にリリース予定で、特徴はカメラが2つ付いた取り外しできるディスプレーだったが、この取り外し可能ディスプレーの開発が進まずに断念したという。

 このように、ハードウエア面での開発の遅れがAR市場拡大のボトルネックになっているのだ。

 これらの開発の課題は基本的に機器の小型化・軽量化が難しいところからきている(図2)。現在主流のARヘッドセットではまだかなり重く、長時間の機動的な動作にはなじまない。一方で、使用する電力に対して電池の小型化が追い付かず、長時間稼働には課題が残る。これらの課題は、特に屋外空間で使うことが想定される産業用途において大きな障害となっていた。空間認識に関してはSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)技術が進歩し、CPUの負担が大幅に軽減されたが、ディスプレーの小型化・軽量化は道半ばである。

図2●AR機器への性能要求
図2●AR機器への性能要求
(出所:正林国際特許商標事務所作成)
[画像のクリックで拡大表示]

 一方で、明るいニュースもある。CNBCは2022年7月19日、米Google(グーグル)がARグラスの試験を再開したと報じた。Googleは、2012年に「Google Glass」を発表。2014年に一般販売を開始し、ARグラスの先駆けとして注目されたが、スペックの低さと高価格で1年後の2015年には販売停止となっていた。このARグラス再開のニュースは、引き続き大手企業がARグラスに対する積極的な研究開発を続けていることを示しており、いずれ技術的な課題の解決とともに市場の急拡大が始まることを示唆していると言ってよい。

ウエーブガイド方式が解決策だが、高難易度、高価格がネック

 これらの問題を解決する方法として、各社はウエーブガイド(導光板)方式のディスプレー開発にしのぎを削っている(図3)。ウエーブガイド方式はレンズそのものに画像を結ぶ方法で、プリズム方式やバードバス方式とは違って、映像を結ぶための大型デバイスを外付けする必要がなく、デバイスの大幅な小型・軽量化を実現できる。

図3●ARディスプレーの進化
図3●ARディスプレーの進化
(正林国際特許商標事務所作成)
[画像のクリックで拡大表示]

 ユーザーから要求の強い輝度(Brightness)の向上も、数〜数十μm角に極小のLEDを敷き詰めて発光させて映像を表示するマイクロLEDディスプレーの開発が進んでいる。GoogleはマイクロLEDのスタートアップ企業を10億米ドルで買収し、日本のシャープも研究開発を行っている。

 最も困難な課題であった視野角(FOV)も、2021年末には日本のベンチャー企業であるCellid(東京・港)が試作機での60°(度)を達成、同時に高い輝度を達成するなどして実用化に道を開いた(図4)。

図4●最新型のウエーブガイド方式を使ったARスマートグラス
図4●最新型のウエーブガイド方式を使ったARスマートグラス
(出所:Cellid)
[画像のクリックで拡大表示]