人工知能(AI)を用いた画期的な技術革新が期待される分野の1つにAI創薬がある。AI創薬は、一般に医薬品研究のプロセスにAIを活用した創薬のことで、AIの対象は、新薬開発候補創出やその支援だ。AIの特徴である大量のデータを処理して高度なデータ分析や推論を実現できる能力を活用することで、(1)画期的な発明につながる新しい候補化合物の発見、(2)開発期間の短縮やコスト削減、(3)研究者の業務負担軽減などが期待されている。
難易度が増す新薬開発
AI創薬が期待される背景には、医薬品開発に関わる期間の長期化と成功確率の低下がある。一般に、新薬を開発する場合は薬物標的の同定(薬のターゲットの特定)を行った後、数十万個ともいわれる化合物の中から病気の改善に最も効果があると考えられる化合物(リード化合物)を探索する。
そのリード化合物の最適化を行った後、非臨床試験(一般には動物実験)により候補が固まり、人を対象とする臨床試験に入る。この間、通常5〜8年の期間をかけて数十万件の候補から約1万分の1に候補化合物を絞り込む。このプロセスにおいて多額の研究開発費がかかり、かつ研究者の業務負担も大きい。ここをAIで代替、ないしは効率化しようというのがAI創薬の1つの目標だ。
実際、成功確率は低下を続けている。既存の医薬品と調べて新規性や価格優位性などに改善点を求められる仕組みを考えれば、難易度は増してくるのは当然だ。
この結果、製薬会社の研究開発費も増加の一途をたどっている。これが新薬価格の高騰につながる上、今回の新型コロナウイルス感染の拡大で判明したように、新薬を開発できる企業が限られることや、新興国での接種が困難といった問題を引き起こす。
AI創薬における「アダム」の誕生
コンピューターによる薬物設計・創薬支援技術は、古くには1981年に米Fortune(フォーチューン)誌に「産業革命を起こす」と取り上げられたように、少なくとも40年以上の歴史がある。これに対し、AI創薬は2007年に英Cambridge(ケンブリッジ)大学とAberystwyth(アベリストウィス)大学らの共同研究によって開発されたコンピューターシステム「アダム」が、酵母の酵素遺伝子を予測したことが起源となる。
その後、2010年代に各製薬会社が引用論文の検索や資料作成をアウトソーシングしたのを皮切りに、創薬分野への積極的な応用が始まる。新薬開発においては候補を絞り込む過程、あるいは承認の申請の過程で膨大な量の過去の論文を参考文献として記載する必要があり、これをアウトソーシングすることで研究者の負担を軽減するという需要があった。
その後、アウトソーシング企業が独立してAI創薬と名乗り始めたのだが、この初期のAI創薬ビジネスはあえなく縮小する。この「便利屋」的なビジネスでは付加価値を付けることが困難であることから価格破壊が起き、事業として採算を確保するのが難しかったからだ。
こうした過去の反省に基づき、新しいAI創薬が誕生する。この新しいAI創薬から、まさに薬物標的の同定から非臨床まで候補化合物を絞り込むサービスを提供し始めたのである。