全2093文字
PR

 2022年のノーベル化学賞は、「クリックケミストリーと生体直交化学」の開発業績で、バリー・シャープレス教授(米スクリプス研究所)とモーテン・メルダル教授(デンマーク・コペンハーゲン大学)、キャロライン・ベルトッツィ教授(米スタンフォード大学)の3人に授与される。

 受賞の対象となったクリックケミストリーは、2つの分子を混ぜるだけで効率良く2つの分子を結びつけられる反応化学の総称である。特に重要だったのが1960年代から知られていた、-N3原子団を持つ化合物であるアジドと、分子内に炭素間三重結合を1個だけ持ち一般式が CnH2n-2 で表される鎖式炭化水素であるアルキンとを結びつける反応〔Huisgen(ヒュスゲン)環化〕の応用で、シャープレス教授はこの反応に注目。選択的に化学結合をつくれることと、複雑な分子を簡単に組成する目的に有用であることを実証した。この反応がクリック反応と呼ばれることとなる。

 メルダル教授はこの反応に銅触媒を用いることで、常温でのクリック反応を可能とし、結合できる分子の種類を大幅に増やすことに成功した。

 この手法では銅触媒を用いることから生体での化学反応が困難であったが、ベルトッツィ教授は、アルキンの構造を意図的にひずませ、銅触媒なしでも結合をつくれるようにした。この反応はSPAAC(ひずみ促進型アジド-アルキン付加環化)反応と呼称されており、ケミカルバイオロジーや医薬開発の分野で幅広く使われている。

 なお、ベルトッツィ教授は、クリックケミストリー・SPAAC反応の報告以前から「生体関連分子をつなげる化学反応」の重要性に注目し、生体分子が狙った分子とはよく反応しつつも、それ以外の物質とはほとんど化学反応をしないという系を生体直交化学(bioorthogonal chemistry)と称し、新たな学術分野として発展させたことも評価された。

特に医薬品、バイオテクノロジーの研究開発に貢献

 この研究成果は新しい化合物の発見に多大な貢献をした。特に、医薬品やバイオテクノロジーといった生体科学の分野において画期的な成果を上げている。ベルトッツィ教授が2004年に実験を成功させて以降、日本国内の特許出願件数は急増している。中でも、2019年は新薬開発のための技術開発に関する特許が急増、2020年にはその反動減があったとはいえ、世界中で研究が進められている最もホットな分野の1つといえる。

クリックケミストリーと生体直交化学の関連特許出願件数の推移
クリックケミストリーと生体直交化学の関連特許出願件数の推移
(出所:特許調査支援サービス「PatentSQUARE」のデータを基に正林国際特許商標事務所が作成)
[画像のクリックで拡大表示]