被介護者の人生をどう楽しくするか。介護ビジネスでは、この観点からもテクノロジー活用が進んでいる。
その1つが難聴対策だ。高齢になるほど耳が遠くなりやすい。音が聞こえにくいと、お年寄りの楽しみの1つであるテレビを見にくくなったり、会話にストレスを感じたりするようになってしまう。
独特な構造のスピーカーで聞こえやすく
埼玉県行田市の特別養護老人ホーム「おきな」では2018年秋以降、館内の数カ所に独特な形状のスピーカーを設置した。デイサービスルームのテレビにはそのスピーカーが取り付けられている。デイサービスを利用する菊地まつ子さんは「このスピーカーを付けてもらってからテレビの音がよく聞こえるようになった」と話す。

スピーカーは、ベンチャー企業のサウンドファンが開発した「ミライスピーカー」。一般的なスピーカーと異なる構造により、音を聞き取りやすくなるという。
音が聞き取りやすくなるのは高齢者だけではない。ミライスピーカーから出た音は、健常者にとっても言葉などが明瞭に聞こえるようになるという。2016年から販売を開始し、既に複数の空港や金融機関などで採用されている。
ミライスピーカーの原理はこうだ。通常のスピーカーでは、電気信号を「コーン」と呼ばれる部分に伝え、コーン全体を振動させることで音を出す。これに対し、ミライスピーカーは弧を描くように湾曲させた振動板から音を出す。振動板全体を振動させるのではなく、端面から振動を加える。
サウンドファンの実験によると、湾曲した振動板から出た音は従来のスピーカーよりも「聞こえやすい」と感じる人が多い。「音量計で計測した数値がほぼ同じであっても、人の耳が聞こえやすいと感じる音は違う」とサウンドファンの宮原信弘副社長は言う。宮原副社長はJVCケンウッドなどで音響機器のエンジニアだった人物だ。
しかし、ミライスピーカーの形状で音を出すと、なぜ人の耳に聞こえやすくなるのかは、まだはっきりと解明できていない。「湾曲した振動板にすると人の耳に聞こえやすい音が出てくるという現象が先に分かり、製品化した。今は理論的にこの現象を解析しているところだ」と宮原副社長は話す。
現在、複数の大学や研究機関と共同で、ミライスピーカーが出す音について調査している。ミライスピーカーと従来のスピーカーとで、発する音が科学的にどう違うのか、人間の耳によく聞こえる音とはどんな性質を持つのか、の両面から研究している。