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 ITエンジニアはどのようにUX(ユーザーエクスペリエンス)デザインに取り組めばいいのか。農業領域の新サービス創出に挑んだ金融システム開発チームの取り組みを例に説明していきます。前回は関係者にヒアリングして作成したサービス企画が、実際のユーザーである農業従事者へのヒアリングによって大きく方針を変更するところまで解説しました。

 開発したサービスは、農業協同組合(JA)や農事組合法人などに所属する生産者と組合担当者の営農業務をサポートする、営農支援プラットフォーム「あい作」です。

「要件を聞く」ではなく「現状から仮説を立てる」

 あい作を開発するにあたりプロジェクトを開始する段階から、当社のアジャイル開発チームが加わり、初期段階の仮説作りに取り組みました。具体的には価値探索(サービス企画)、高速開発(アジャイル開発)、価値検証、実証実験のサイクルを繰り返しながらサービスを開発していきます。

 プロジェクトメンバーが手掛けてきた金融システムの開発では、通常すでに基幹業務のシステム化は完了しており、顧客が自社システムに精通しているケースが多いため、顧客にヒアリングすることでシステム要件を定義できます。しかし今回の企画の対象である農業はシステム化が進んでおらず、ユーザー候補である農業従事者に聞いても、今の作業がシステム化されたイメージがないため要件を定義できません。

 そこでまずは農業の業務を深く理解するために、現場観察(エスノグラフィー)を丁寧に行いました。農家における日々の生活や農作業の流れ、作業の際の困りごとなどをリアルに知り、共感することを目指します。

 従来型のシステム開発プロジェクトの場合、既存システムと比較しながら「類似した機能を参考にしよう」といった発想で機能やUI(ユーザーインターフェース)を決めていきます。しかしユーザー起点の発想では、例えば検索機能1つを考える場合でも「ユーザーは何をどんなときに検索したいのか」という根本的な考え方を基に機能やプロトタイプを考えるようになりました。

エスノグラフィーの様子
エスノグラフィーの様子
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プロトタイプ開発:「役に立つ」の次は「使いやすさ」

 ユーザー起点で要件を決め、開発したプロトタイプを農業従事者や農業関係者に見せると「役に立ちそうだ」という感想を得られました。しかしある農業関係者からはっきりと「使えたら役には立つが、この画面だと農家は使えない。うちでは導入しない」と言われたのです。

 その理由はユーザーである農業従事者の使いやすさを考えていなかったためです。サービス開発者の考えた使いやすさでUIをデザインしており、実際のユーザーである農業従事者には使いにくいシステムだったのです。

 使いやすさの向上に向けて3つの具体的なアプローチを採用しました。まず現状のプロトタイプに対して、ユーザビリティー専門家がヒューリスティック診断を実施し、課題を抽出して改善の方向性を決めました。ヒューリスティック診断とは、システムの使い勝手の問題点を網羅的に発見・改善するための手法の1つです。

 次にアジャイル開発メンバーも交えたプロジェクトメンバー全員で、診断結果を踏まえた新しいプロトタイプをワークショップ形式で検討しました。ワークショップ形式を採用したのは、約半日で素早くプロトタイプ案を作成し、すぐにアジャイル開発で実装できるためです。最後にプロトタイプを用いて実際に農家の方々を被験者にユーザーテストを実施し、ブラッシュアップを図りました。

農家の方を被験者にしたユーザーテストの様子
農家の方を被験者にしたユーザーテストの様子
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