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 不安は杞憂(きゆう)に終わった。カンファレンス3日目朝のキーノートで、Pythonの意思決定議会のメンバー5人全員が集まったパネルディスカッションが行われたのだ。グイド氏の姿がそこにあった。キーノートの序盤、グイド氏本人が冗談を交えながら引退表明についての経緯を語った。以下が、グイド氏の発言を筆者が日本語に訳した内容となる。

 さて、私が最高責任の立場にあった去年(2018年)の話だが、あるPEP(訳注:PEPとはPythonの言語仕様に関する拡張を提案する文書)があちらこちらで物議を醸した。私はおよそ30年間にわたってこの言語のBDFLとしてやってきたが、燃え尽きた。そして他の誰かが代わりに責任者になる、もしくは他の体制が必要だと感じ、これをアナウンスした。

 もちろん例の問題となったPEPを承認する前の晩に引退アナウンスしたわけではない。そのPEPとは、あなたたちはすでに詳しいかもしれない「walrus operator(訳注:「PEP 572」として提案された代入演算子。Python 3.8に導入するか否かで大もめとなった)」のことだ。

 翌朝になってBDFLを辞める決断をし、20分程度かけてコアデベロッパー(訳注:プログラミング言語としてのPythonを開発する中核的な開発者)に問いかけるメールを書いた。それは新たないくつかの機関を作るというものであった。

 それにより少し安心する気持ちがあった。子供が家を出て大学に進学するときのような感覚だ。恐らく彼らの人生に直接的にはもはや関与しなくなるだろう。だが心配せずにはいられない。そういった気持ちをPythonにも感じたわけだ。それがこの立場になることにして、今ここに座っている理由だ。

Python Steering Council - Keynote - PyCon 2019」から引用

グイド・ヴァン・ロッサム氏が登壇したPyCon 2019のキーノートディスカッション
グイド・ヴァン・ロッサム氏が登壇したPyCon 2019のキーノートディスカッション
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 グイド氏は精力的にブースを回り、様々な人たちと話したり、ポスター発表を見たりしていた。筆者はそうした姿を目の当たりにし、グイド氏のPythonへの情熱は変わりないのだろうと感じた。

 また意思決定議会の設立は、2つのポジティブな要素の現れとも解釈できる。1つはPythonが様々な分野で多くの人々に使われ、社会的な意義を持つ存在となったことだ。言語仕様の拡張プロセスを変えざるを得ない時期に達したのかもしれない。2つめはコミュニティーで発展していける力を示したことだ。グイド氏のBDFL引退表明から大きな混乱をせずに新しい体制を作り出せた。

中核的な開発者の「燃え尽き」に悩み

 「燃え尽き」という単語を発したのはグイド氏だけではない。キーノートでの質疑応答やコアデベロッパーのトークセッションでも何度か出てきた。ここにプログラミング言語としてのPythonを開発している人々の悩みが現れている。

 トークセッションで燃え尽きについて語ったコアデベロッパーは約1年前に燃え尽きを経験してPythonの開発から離脱したほか、仕事への影響も出たと話していた。彼によるとコアデベロッパーは担当タスクが非常に多いという。

 Python自体が巨大化しているうえ、Pythonの利用者は増加して多彩になっている。1つの変更が多方面に影響を与える可能性があるのだ。コアデベロッパーの発言からは、こうしたソースコードをメンテナンスしていく大変さが垣間見えた。

 燃え尽きを経験したコアデベロッパーは、より多くの人が開発に関わる必要性を訴えた。そのためには「ダイバーシティー(多様性)を重視したコミュニティー作りが重要である」というメッセージを伝えていた。

 ダイバーシティーは近年のPyConで重要視されており、特に性別に対するダイバーシティー対応の重要性が意識されている。その成果としてPyConの女性参加率は30%を超えるところまで来たそうだ。