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物質に閉じ込めらずに済むデジタル社会を前提にすると、これまで100年続いてきた都市計画の方法論や都市像の持ち方は抜本的に変わるのではないか。コロナ禍で見直しが迫られる中、我々がこれまで学んできた都市の在り方の何が通用し、何が通用しなくなっているのか。都市計画家の饗庭伸氏と建築家の豊田啓介氏の議論の中編を掲載する。

※下記リンクは「上編」

豊田 都市計画家として、饗庭さんが現在関わっている主な領域、あるいは関心を持っている領域はどの辺ですか?

饗庭 近年、中心市街地などの再生のために、都市空間の機能を能動的に読み替えて使いこなそうとする動きが現れています。すごく好きなので応援していますが、あとは現場がいかに工夫するのかという実践フェーズに移っているので、自分のアカデミックな興味の対象からは外れています。

 学者として今の僕は、保守的な立ち位置にいるのかもしれません。というのは、その盛り上がっている能動的な動きに乗っかれない人たちのほうが、実は多数派なんですね。ですから、取り残された受動的な人たちに対する目配りをどうするかが関心事になっています。

 そのときに重要になるのは、1つは政府の役割です。能動的な人たちに権限を譲って身軽になる。その代わり、受動的な人たちに対して財源をつくり、きちんと権限を行使していかなければなりません。あるいはもう1つのアプローチとして、受動的な人たちに対する目配りを、能動的な人たちの活動に技術としてビルドインする。後者をもっと発展させられないかと考えています。

豊田 そうした饗庭さんの関心は、新型コロナがあぶり出している今の都市の状況と関係を持ち得るものですか?

饗庭 例えば、緊急措置として商店街の歩道に椅子やテーブルを出せるようになったという、先ほどの話(上編参照)があります。一応できる仕組みまでは国がつくったけれど、それを実行に移すのは能動性のある自治体の職員や商業者なわけです。

 僕が懸念しているのは、「やる気がない店はなくなっても構わない」みたいな姿勢が、自治体の職員に結構あることなんです。そんな意識のまま規制緩和をしたら、まずいと思います。

豊田 具体的にはどんな事柄が弊害になるのですか?

饗庭 街の重要なポジションの商店街があったとして、そこにリーダーがいないと苦境に陥ることがあります。あるいは商業に限らず、医療や福祉の現場でも空間が足りなくなっているはずで、同様の緊急措置が必要なのかもしれない。

東京都立大学都市環境学部都市政策科学科/同大学院都市環境科学研究科都市政策科学域教授の饗庭伸氏。プロフィルは最終ページに(資料:日経クロステック)
東京都立大学都市環境学部都市政策科学科/同大学院都市環境科学研究科都市政策科学域教授の饗庭伸氏。プロフィルは最終ページに(資料:日経クロステック)
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 しかし、声が上がらない場所まで、自治体が冷静に目を配っているのか。そこは今回のコロナ禍で心配している点です。

 僕は社会実験などで盛り上がっている若い人たちの横で、「ちゃんと全体を見ようよ」と嫌みったらしく言う(笑)。そんな役回りが多いんですね。

豊田 なるほど(笑)。部分的ながら、可能性が開けてくるような興奮の中にいると、全体のバランスを見失いがちです。都市という存在が長期的な枠組みを担保する役割を担っているとするならば、全体を見渡すバランス感覚は欠かせない。他の領域よりも、一層重要になるはずです。

 目配りが必要になるのは、感染症の問題に限らない。個別の問題が直面したときの即応性や柔軟性と、それとは正反対の長期的でロバスト(頑健)な安定性や全体制御の可能性をどうバランスさせるのか。

 言い換えれば、人口減少などで日本の経済が縮退し、体力が弱まっていく中で、一見矛盾するようなスケールを併せ持つ都市というプラットフォームを、新しい時代に即した形でいかに制御し、計画していくか。そのときに饗庭さんがおっしゃったような視野は欠かせませんよね。

人間やモノが物質性から解放される

饗庭 豊田さんの関心事は、感染症の問題に対応できるくらいの、短いサイクルでの都市制御のところになるわけですね?

豊田 都市を扱うとき、これまでは視野からまだ外れたところにある新たな領域を持ち込むのが、僕の役割だと考えています。

 おのずと、デジタルプラットフォームの存在が前提になります。そのとき、より短いスパンでの判断や決定が求められるようになるのに対し、扱う空間の規模は都市全体に及んできた。デジタル社会ならではの状況です。

 モノが動かなくても情報の側を編集できれば、これまでの都市計画が持っていた、どうやっても鈍重で圧倒的な物質性から解放されるのではないか。都市という、すごく重くて時間がかかる領域に即応性や流動性を持つ、これまでとは違う手段が発展するのではないか。この点はいかがですか?

饗庭 リアルな都市空間から離れた話ですね。

豊田 僕は、それをリアルから離れものだとは考えていません。あくまでも、これまで我々が十分な理解を持っていなかったにすぎない領域です。

 デジタル社会には多様な可能性があるのに、それを受け取る解像度をほとんどの人が持ち得ていなかったので、無意識に「リアルではない」とカテゴライズしていただけなんです。建築や都市のような物質性が強い世界にしても、情報的な編集の可能性まで含めた総体で「リアル」かどうかを言っているはずで、要は変わりないんです。

 典型的な例が、配車用として普及している米Uber Technologies(ウーバーテクノロジーズ)のサービスです。

 Uberの価値は物資ではなく、システムとアルゴリズムじゃないですか。これまではタクシーというモノと機能は1対1の関係で、タクシーはタクシーでしかあり得なかった。ところが情報的な定義を変えた途端に、自家用車がタクシーになり、定義を外すとまた自家用車に戻る。

 にわかに車の需要が増えた場所では、100台だったタクシーが突然500台になる。逆に需要が減れば、今度は50台になる。瞬間的にその空間に現れたり消えたりする。いわば、タクシーがテレポーテーションしているのと同じような効果を持つわけです。

 そうした新たな価値を提供するシステムとアルゴリズムが今、都市活動のインフラの1つになりつつあります。全てとは言わないまでも、物質という圧倒的な存在の中に閉じ込められざるを得なかった人間の体やモノの移動そして変化が、物質性から解放され始めている。かなり大きな変革が起こっていると思うんです。