データ連携や都市OSに関する基礎的な理解を共有できていないまま、スマートシティーやスーパーシティーといった名目のプロジェクトが進んでいるのではないか。そもそも基幹プラットフォームとされる「都市OS」とは何を指すのか? 同分野の第一人者である東京大学大学院情報学環教授の越塚登氏に、建築家の豊田啓介氏がリアルな実態を聞き出す。
対談の第1回では、「都市サービスを提供するために準拠すべき『主流』はあるのか」「国や企業としてデータを管理したいとき、それは可能なのか」、そして「我々が扱っているデータの本質的な価値とは何か」を越塚教授に尋ねた。
今回は、スマートシティーやスーパーシティーを語るときに避けて通れなくなった、「都市OS」に関する実態を聞いていく。
[第2回のポイント]
みんなが口にするようになった「都市OS」は、現状どう定義できるのか。どの程度、確立した概念なのか。そもそも「OS」という言葉には誤解を招きかねない一面がある。今回は以下の3つの見解を示す。
2-1)改めて「都市OS」を定義してみる
2-2)「都市OS」はいまだ完成していない
2-3)「OS」よりは「エージェント」がふさわしい
2-1)改めて「都市OS」を定義してみる
豊田 データ連携の領域は、僕はまだ端っこをかじっているだけの立場です。まず基本的なところからお聞きすると、データ連携の領域の1つとして、「都市OS」と呼ばれる領域がある、という理解でよろしいですか。
越塚 はい。
豊田 越塚先生が都市OSを定義するとしたら、どんな表現になるのでしょうか?
越塚 「スマートシティーにおける都市サービスをつくるための、共通部分のプラットフォーム」ですね。
豊田 それはデータ連携のプラットフォームということですか?
越塚 データだけじゃありません。
都市サービスを提供する場合、今は誰も意識していませんが、通信のプラットフォームも要ります。ペイメント(決済)もトラスト(認証)も要る。データ連携にはまだ主流のプラットフォームがないので、今は特に着目されているわけです。
豊田 比較的新しい領域ですからね。各サービスが個別に発展している過程です。
「進化した通信環境だって都市OSと呼んでいい」
越塚 都市サービスのためにデータ連携の共通プラットフォームを持つという考え方は、最近までありませんでした。
データ連携以外を見ると、ばらばらながら、そこそこのプラットフォームがあります。通信であればインターネットを使うと決めれば、だいたいどの通信網もサポートされる。ペイメントにも様々なものがありますね。
都市のプラットフォームという観点から、通信の分野でも高度化の取り組みが進んでいます
例えば、ある都市でフリーWi-Fiを提供するときに、依然としてプロバイダーごとにサービスが分かれています。そこで、上に1つレイヤーをかぶせて都市全体で共通利用できるフリーWi-Fiサービスにする。その下に様々なベンダーがいる通信環境を整備しようという考え方もあり得ます。
そうした進化した通信環境だって一種の都市OSと呼んでいいと思います。
2-2)「都市OS」はいまだ完成していない
豊田 都市OSに関しては、米国のGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)や中国のBATH(Baidu、Alibaba、Tencent、Huawei)のような超大手企業が自前で持とうとする動きがある。もう1つ、欧州のように各国の連合でみんなで取り組もうという動きがある。
そうした二極があると考えていいですか?
越塚 民間主導といっても、米国と中国では事情が全く異なります。
豊田 違いはどこにあるのでしょうか?
越塚 やはり政府との関係性ですね。
米国は、ミリタリーに関しては連邦政府が主導しますけど、民間によるシステム構築に政府が表立って口を出すことはないと思います。民間のデータ連携の基盤づくりを、政府が主導するという発想はないはずです。
ただ、まあ、どこでも裏はありますからね。米国政府も、民間システムを全く支援していないわけではありませんから。
政府と民間が連携するような中国と欧州のアプローチはむしろ近いものです。日本もそこに入るので、米国だけが違ってみえる。ただ、GAFAMに類するメガ企業が存在するという意味では、中国は米国と似ています。
豊田 現在そうした巨大ITプラットフォーマーを持っている国自体、そもそも米中しかない。特に中国は、国が戦略的にそうしたプレーヤーを育てているという側面があります。
越塚 中国は国家の規模自体が巨大ですからね。そうした国の規模の点では、今の日本は微妙な位置にある。小さくはないものの、巨大でもない。
豊田 日本には今、いわゆる都市OSを自前で体系化しようという動きはあるのでしょうか?
越塚 都市OSに関しては目下、スマートシティーの開発主体がそれぞれ様々なシステムを組み合わせながら構成しているのが実情でしょうね。
コンソーシアムを主導するコンサルティング会社やベンダーが、様々なところから基盤となり得るコンポーネントを集めてきて組み合わせ、それを「都市OS」と呼んでいる。汎用的なパッケージをゼロベースで開発している状況ではありません。
豊田 やはりプロジェクトごと、企業ごとの個別の動きなんですね。
「都市OSの議論は依然うまく整理されていない」
豊田 日本では現在、会津若松市(福島県)や柏の葉(千葉県柏市)、高松市、札幌市のようなスマートシティーの開発や、さらにスーパーシティーのような国主導の機会創出の取り組みも進展しています。それぞれのプロジェクトで個別に、自治体がいわゆるITベンダーと組みながら試行している状況です。
NECであれば、EU(欧州連合)主導の次世代インターネット基盤と称する「FIWARE(ファイウェア)」を活用して都市OSを構成しています。日立製作所では「Lumada(ルマーダ)」と呼ぶDX(デジタルトランスフォーメーション)ソリューションを展開していますが、これは個別のAI(人工知能)ソリューションとうたいつつ、より複合化して都市OSに仕立てたものとみられます。
最近では、この領域への外資系コンサルティング会社の参入と投資の動きが活発になっています。それら個々のシステムの資料を見る限り、扱っている領域もスケールも全部異なります。
こうした動きをまとめて「都市OS」と表現してしまってよいのか。あるいは、もう少し汎用的な仕分けなり整理なり、共通の評価基準や基本仕様なりが必要なのか、判断しかねています。
現状では、非常にあいまいに都市OSという言葉が使われている。ちゃんと共通概念として機能しているかどうか確認しないまま、スマートシティーというふわっとしたくくりで扱われていますね。
そもそも複雑すぎて定義が難しいという点で、仕方がない面はあります。でも、それぞれ勝手に自前のイメージで都市OSという言葉を使っていたら、本質的な次の議論が生まれません。そんな状況がどんどんなし崩し的に進んでいる。
こうした状況はどう見ていますか?
越塚 例えばFIWAREは、もともとはIoT(インターネット・オブ・シングズ)のためのオープンソースのプラットフォームです。Lumadaも産業用のソリューションで、インダストリー系のものです。どちらもスマートシティーに必要な、リアルタイムデータの取り扱いやサービス間の連携に向いているものでした。そのため、結果として「都市OS」として利用されるようになったんです。
そうした状況なので、都市OSの議論は依然うまく整理されていません。僕が全部言葉を決めてよかったなら、都市OSとは呼ばなかったかもしれません。