「都市OS」をはじめもろもろの技術の確立が簡単には進まないスマートシティーやスーパーシティーの分野で、どのような展望を持ってプロジェクトを進める必要があるのか。データ連携やIoT分野の第一人者である東京大学大学院情報学環教授の越塚登氏に、建築家の豊田啓介氏がリアルな実態を聞き出す。
前回(第2回)は、改めて「都市OS(オペレーティングシステム=基本ソフト)」の定義を試みると同時に、完成した都市OSがまだあるわけではない現実を明らかにした。また、都市における働きとしては、OSよりも「エージェント」と呼ぶほうがふさわしいという越塚教授の見解に耳を傾けた。
今回は、技術としては発散せざるを得ないスマートシティーやスーパーシティーの分野で、どのような展望を持つべきかに踏み込んで聞いていく。
[第3回のポイント]
技術として収れんするのが難しい点では、都市のOSもコンピューターのOSも似ている。この状態はいつまでも変わらない。標準化を指向するよりも、つなぎ方が階乗的に増える前提で技術を構築する必要がある。今回は、以下の3つの見解を示す。
3-1)都市OSとコンピューターOSに類似点はある
3-2)IT分野の技術は乱立したままで収れんしない
3-3)AIに8割方の「つなぎ役」を任せる
3-1)都市OSとコンピューターOSに類似点はある
豊田 目下はどんな切り取り方でも「都市OS」と呼べてしまう。緩い階層性しか持っていない寄せ集めのシステムなのだとしたら、厳密に領域として切り取って定義するのは難しそうですね。
越塚 そうですね。コンピューターのOSも同じなんですよ。
豊田 コンピューターのOSもそんなにあいまいなんですか?
越塚 はい。スマートシティーのOSが定義しづらいのと同じぐらい、コンピューターOSにも定義はないんです。
豊田 ある程度サービスとしても仕様としても収れんしている領域だと思っていたので、意外です。
越塚 つくり方とか動かし方とか、構成方法とかも1個ずつ全部違うんです。何をOSと呼ぶか。それも時と場合によって異なります。
例えば、MacでもWindowsでも使っている画面にはGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)のファインダーが表示されますよね。パソコンを起動すると最初から表れるので、ほとんどの人はOSの一部だと思っているはずです。
確かに今はOSの一部なので、間違いではありません。でも昔は、OSは中核的なプログラムであるカーネルを指すものだった。API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の集合体で、ハードとアプリケーションソフトを結び付ける部分です。
表示系はその頃はブラウザー、すなわちアプリケーションソフトだと考えられていたんです。実際、主にUNIXマシンで使われたX Window Systemは、クライアント・サーバー型のアプリケーションソフトとしてつくられています。
ところが、そういった表示系のソフトがOSに入ってしまった。だからOSにはカーネルの機能とアプリの機能がある。今は両方合わせてOSであるという状況です。
「1つのやり方を示したら『違う』といわれることになる」
越塚 アプリをどんどん中に入れると、システムの柔軟性がなくなってしまう。だから今度はOSをアプリとしてつくっちゃおうという人たちが現れるわけです。マイクロカーネルといわれる分野がそうです。カーネルで実現するOSの機能を最小限(マイクロ)にして、他の機能はアプリケーションソフトが提供するわけです。
豊田 どんどん入れ子状に変化していくわけですね。
越塚 OSとアプリの区別があいまいになった結果、従来とは全く異なるメカニズムのOSができてくる。さらにバーチャルマシン(VM)というシステムがあります。OSの上にVMが載って、その上に複数のOSが載って、という訳が分からない状態になっています。
豊田 となると都市OSの定義も、安定的な形には収れんしない可能性が高いですね。
越塚 たぶんそうですね。
コンピューターOSには結局、1つのやり方だけじゃうまくいかないという現実があった。様々な要求に対応しながら発展を遂げたんです。
都市にも様々な要求があるので、ロジカルに詰めていったら必然的に違うやり方にたどり着いてしまう。だから「都市OSはこれです」という1つのやり方を示したら、今度はみんなから「うちは違う」「うちも違う」といわれることになる。
そういう観点からすれば、都市OSはコンピューターOSと同じだよねと考えるのは問題ない。結局は、「都市OS」と呼んでいいのかもしれません。
3-2)IT分野の技術は乱立したままで収れんしない
豊田 スマートシティーの分野は、まだまだ混沌としている状況です。世界的な勝ち馬が現れているわけではありません。
越塚 全くありませんね。
米Google(グーグル)のSidewalk Labs(サイドウォークラボ、Googleの兄弟会社)が結局、カナダのトロントで計画したスマートシティーでは挫折している。障壁とされた個人情報の問題以前に、ITと同じようなものとして都市や街のシステムを考えてしまったんじゃないかなと。
豊田 おっしゃる通りですね。モノや人の持つリアリティーを軽視しすぎた結果だと思います。
越塚 だって都市計画って20年、30年の長いスパンで考えるものじゃないですか。それなのに彼らは、すぐに撤退に向かってしまった。
個人情報の扱いが難しいといっても、それが仮に本当の撤退の理由なら、最初から分かっていた話だろうと都市に関わる人なら感じるはずです。
そんな壁は、これから10個も20個も現れる。1個だけでやめちゃうとしたら、正直なところその程度の覚悟だったのかと思ってしまいます。
豊田 どれだけ持続的に取り組めるかが問われます。そのためには情報側の理論やシステムだけでなく、それをどう現実的な社会や物理的な世界と高精度に接続できるかがカギになります。
しかし、OSの概念がある程度変わっていくとしても、産業的な実効性を考えるなら何らかの安定的な形に収れんせざるを得ない。これは違いますか?
越塚 いや、それも分からないですね。
コンピューターの技術って今までは確かに、時間がたつに連れて収れんするものだったんです。でも僕は、これからは収れんしないと考えています。
豊田 乱立状態がデフォルトの戦国時代が続く。それが自然ということですか?
越塚 これからのテクノロジーを考えるときに重要なトレンドになります。標準化はもう起こらないんです。
豊田 技術的なプラットフォームが、2~3社程度のパワープレーヤーに収れんしたりはしなくなるのですか?
越塚 起こらないことが普通になるでしょう。僕の関わっている領域であれば、IoT(インターネット・オブ・シングズ)には、その傾向がある。だって標準化団体が100個ぐらいあるんですよ。
「n通りのつなぎ方があるのを認めてしまう」
越塚 収れんが難しいのは、グローバルな視野で見たら必然なんです。
米国であれば、産業界全体の中で確かにGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)が強い力を持っている。ところが世界を見渡せば、IT産業よりも強い産業がある国のほうが普通です。
それが石油産業の場合もあるし、別のエネルギー産業の場合もある。日本だって、IT産業と自動車産業のどっちがリーダーシップを取るのかといったら、難しいですよね。さらに医療もあるし、金融も建築・土木もある。
ITの応用分野が広がるというのは、別の産業からのコミットが強くなる動きですからね。広がれば広がるほどに、IT側の論理でリードすることが難しくなる。だから収れんはしませんよ、永遠に。
豊田 そうなると常に新しく生まれてくる個々のシステムを連携させるために、間にあるAPIに際限ない組み合わせが求められてしまう。連携のための技術開発がまた新しい開発を呼ぶような連鎖になるので、社会的に収拾がつかなくなりませんか?
越塚 だから技術競争の観点が変わってくるんです。
要は、爆発的に組み合わせが増えてしまった中で、うまく乗り切りたいというニーズが生まれる。それに応える技術をつくった者が勝つ。つなげたいのは確かですからね。
では、どうつなげるかというときに、2方向のアプローチがある。
1つは標準化し、つなぎ方のパターンを減らす。みんなが同じやり方でつなげようという考え方です。もう1つはn通りのつなぎ方があるのを認めてしまい、nの階乗に膨れ上がる組み合わせに技術的に対応しようという考え方です。
僕は、後者にしか解はないと思う。
豊田 nの階乗を扱う!
越塚 そっちが主戦場です。
いずれにしても、収れんを期待するのはやめたほうがいい。
豊田 変化のサイクルも速い。スピードも組み合わせも指数関数的に拡大する世界になる。これまでの常識は、とにかく通用しなくなりますね。