スマートシティーやスーパーシティーを開発する中で、現実の世界と仮想の世界の関係をどう考えるのか。関連する技術の標準化が難しいとすれば、どのような観点で結び付けるのか。データ連携やIoT(インターネット・オブ・シングズ)分野の第一人者である東京大学大学院情報学環教授の越塚登氏に、建築家の豊田啓介氏が業界の直面する課題をぶつけた。
前回(第3回)は、都市のOS(オペレーティングシステム=基本ソフト)とコンピューターのOSは、技術として収れんするのが難しい点では似ている面があると解説した。それであれば標準化を指向するよりも、つなぎ方が“階乗的”に増える前提で技術を構築するのが得策だという越塚教授の見解に耳を傾けた。
今回は、都市におけるデータ連携のために、現実の世界と仮想の世界を結ぶ共通基盤を構築することの可能性を聞いていく。
[第4回のポイント]
都市におけるデータ連携の技術開発は、オープン化が重要になる。その前提で、現実の世界と仮想の世界を結ぶ共通基盤の構築が求められる。そこで扱う空間は現実に忠実である必要はない。今回は、以下の3つの見解を示す。
4-1)複雑だからこそ開発環境はオープンにする
4-2)現実世界と仮想世界を共通基盤で結ぶ
4-3)現実空間の参照は割り切って考える
4-1)複雑だからこそ開発環境はオープンにする
豊田 事前に共通基盤を用意するわけではなく、多様な在り方に柔軟に適応しながらつないでいく。都市の持つ複雑性の話とは別に、ITの領域で標準化とは異なる新しいアプローチが重要になってきている状況が分かりました。
要は、常に変化を続ける平衡系を扱うような仕組みを考えないといけない。さらなる自律的なシステムを指向するためにも、とても重要なアプローチですよね。
越塚 振り返ってみると、僕の師である坂村健先生(現東洋大学情報連携学部長)が提唱していたのが、「プログラマブルインターフェース」という概念です。
坂村先生は昔から、TRON(トロン)プロジェクトの本質はプログラマブルインターフェースだと言っていました。その発想は、あまりに進み過ぎていたので一般には広がらなかった。でも、さっき(前回)の話そのものなんですよ。
インターフェースが違うなら、ダイナミックにつなぎ方を変えてやる。nの階乗の組み合わせがあるとしても、自動的にスムーズにつながるようにしようという考え方ですから。
豊田 自律的に連携していけるようなOS環境をつくろうとしていたんですね。
越塚 そう。それがなければ、IoTとか、もっと言うならスマートシティーとかは実用的なものにならない。坂村先生はそう考えていました。
豊田 今やっと、理解される時代が来たと。
越塚 30年前は研究だった。しかし、ついにビジネスで必要とされる時代になったんです。
「標準化しろといっても無理がある」
越塚 今後はn通りのシステムとそれらの組み合わせがある複雑さを前提に、開発環境を用意する必要がある。そのときに、最初からAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を標準化しろ、データを標準化しろといっても無理がある。
むしろオープン化がまず重要なんです。スマートシティーを開発している現場の人たちには今、そんな話をしています。
豊田 技術情報を広範に共有し合う状況にしたほうが得策であると。
越塚 そう。例えば、開発を支援するサイトなどもオープンにする。公的には、個別のランタイムのシステムではなく、汎用的な開発システムの支援が非常に重要になってきます。
そもそも標準化は政治的なコストを伴うものです。ところが標準化団体をつくって政治的に統一するのは、日本はとても苦手です。
だから、標準化のための得意でもない話し合いで政治的に消耗するより、標準化とは異なる道を選ぶ。つまりエンジニアの力で価値を生み出すほうが手っ取り早い。
様々なシステムをつなぐ努力は技術で乗り切り、できるだけ政治面の労力を小さくする。政治をゼロにはできませんが、日本としては賢明ではないかとみています。
4-2)現実世界と仮想世界を共通基盤で結ぶ
豊田 僕自身の活動として「コモングラウンド」という概念を提唱しています。スマートシティーやスーパーシティーなどへの実装を前提に、新しい空間デジタル記述の汎用プラットフォームを提案しています。
その実証実験を進めるため、大阪市では「コモングラウンドリビングラボ」の開設と運用が始まっています。コモングラウンドリビングラボの活動では、越塚先生にもアドバイザーになっていただきました。
さきほど(第1回)の越塚先生の、情報は最終的に人が動いて初めて価値になる、という話はとても示唆に富むものでした。
情報の存在が情報空間に閉じているのではなく、実空間といかにリアルタイムに、マルチモーダルにつながっているか。情報が実際の価値を生み出すためには、それがとても重要になります。
越塚 狭義の情報へのアクセスは、これまでは書類や書物、それからパソコンやスマホなどの限られたインターフェースを通したものだった。これからは、より拡張する考え方になりますね。
豊田 今後は実空間そのものがインター「フェース」になる。言い換えればインター「スペース」になると考えています。
多様なモードの情報を精度を落とさず処理しようとするときに、人間にとって実空間というインターフェースは非常に分かりやすい。都市の領域で「デジタルツイン」がバズワードになったのは、その辺りのニーズがポイントです。
しかし、デジタルツインが有用だといっても、いちいち全ての実空間をリアルタイムにスキャンしていたら計算負荷が大変なことになる。さらに、スキャンの方法やデジタルツインの記述形式が百人百様のままでは、相互連携のためのコストが莫大になる。その状態で実装したら、とんでもない無駄を生み続けてしまいます。
越塚 本日の論点の1つは、そうした問題を何らかの標準化で解決するのは無理だという話になりますね。
豊田 そこでいわゆる標準化のような固定してしまう方向ではなく、汎用性のあるオープンな仕様を見いだしたいと考えています。
「空間をきちんと表した3Dデータが不可欠だ」
越塚 実空間を取り扱う際に、かなり割り切らなければならないはずです。
豊田 大枠として、空間データや形状記述の仕様をあらかじめ環境側に用意しておく。個別のサービス開発を補助するための、いわば空間記述のSDK(ソフトウエア開発キット)をそこで提供するような考え方です。
まずそれがないと、実空間をあらゆる情報にアクセスするためのインタースペース、いわば“接空間”にしていく流れを生み出せない。みんながバラバラに取り組んでいたら、どこまでいっても実現に至りません。
そうしたオープンなSDKの提供を前提に、僕自身の想定ではコモングラウンドは、特に人間のスケールでの空間記述の汎用化を目指す取り組みになります。
例えば、歩道の段差や廊下の寸法、机の形といった空間の測位を可能とする。あるいは地下鉄を含むモビリティーの位置の抽出を可能とする。特に、時間的な変化への反応、ロボットを含む様々なデジタルエージェントへの対応といった都市ならではのニーズに特化できないかと考えています。
越塚 コモングラウンドリビングラボでは、3D(3次元)データをゲームエンジンで取り扱っているのが特徴ですね。
豊田 都市スケールの空間記述の汎用化を目指している仕様には、例えばGIS(地理情報システム)系として、国土交通省による3D都市データプラットフォーム「PLATEAU(プラトー)」などが採用している国際標準規格のCity GMLや、Google Maps(グーグルマップ)などが採用しているKMLがあります。
一方、建築業務における形状記述や工程、施工の情報の管理を指向するツールとしてBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)系のRevitやCATIAなど様々なものがある。BIM系にはツール独自のファイル形式や、互換性を指向してきたファイル形式などいろいろな仕様が存在しているのが現状です。
コモングラウンドリビングラボでは、Unreal EngineやUnityといったゲームエンジンと呼ばれるツールの3D記述の仕様をベースにする方向で整理を進めています。都市空間と建設のどちらのスケールも得意とし、人間やロボットくらいのスケールを扱うのにも適している。様々な面からゲームエンジンはとても優れた性能を持っています。
越塚 実世界とバーチャルをつなげるには、空間をきちんと表した3Dデータが不可欠です。それらのデータを連携させるためのプラットフォームの選択は、とても大切ですね。
豊田 コモングラウンドと共に、都市的スケールを扱うGIS、建設データを扱うBIM、車の自動運転向けの空間記述など、異なる空間記述のプラットフォームを扱う格好になります。
それら全体をインタースペースとして機能させる前提として、相互連携の仕組みなども今後重要な開発領域になってくる。僕が所属している東京大学の生産技術研究所でも、そうした連携の仕組みを構築する組織の設立準備を進めています。
越塚先生もおっしゃったように、GISもBIMも自動運転も個別のニーズに合わせて既に独自の世界が構築されている。それぞれが産業のスタンダードの考え方を育みつつ、仕様自体は統一されていない。全てを統合する3D記述の仕様なんて現実にはつくれません。
「現実的なコストの中でどんな精度にするのか」
越塚 3Dの場合、データをつくるのに非常にコストがかかる。前もって測量などが必要になる場合、それも大変な労力ですよね。だから、現実的なコストの中でどんな精度にするのか、どんな用途にまで対応させるのか。適切な形を見極めなければなりません。
BIMをプラットフォームにしなかった理由は何ですか?
豊田 建築業界なんだからBIMを活用するという視点は重要なんですが、BIMは建設目的に特化し過ぎているんです。日常の環境を記述するには無駄なデータや構造が多過ぎて、ロボットやバーチャル空間向けの環境記述に向いているとは言い難い。
多様なスケールや産業領域をカバーする3D記述を考えていくと、そうしたサブ領域は人のスケールに適合できていない。室内外まで汎用的に扱える空間記述の仕様となると、現実に存在しません。
単純に、そうした領域の仕事は、これまで普通に人が全部やってしまっていたからだと思うんです。
でもこれからは、人のスケールにもいろいろなモビリティーやロボット、AR(拡張現実)アバターなど人間以外の多様なエージェントが混在してきます。そこには多様なエージェントを認識できるゲームエンジンの特性を生かせる。
だからゲームエンジンでオープンなプラットフォームをつくってしまおうというのがコモングラウンドの基本的な考え方です。
越塚 BIMには、人のスケールに追随できていないと同時に、そのままのモデルでは細か過ぎて使い切れないという課題もありますからね。
都市における現実のアクティビティーを考えるなら、ゲームエンジンのレベルに合わせるのが現状では適正だと思います。実際に都市関連のサービスを開発できるぐらいの技術レベルになっていますから。
豊田 そのときに例えば、車椅子の自律走行を前提にした場合、ビルの開発者はどんな仕様のどんなLoD(レベル・オブ・ディテール)のデータを用意すればいいのか。さらにその仕様は、会議室でのAR共有に必要な空間データのLoDとどこまで共通化できるのか。あるいは、歩道の空間記述と自動車向けの車道の記述をどう連携させるのか。
そうした知見が事前に共有されていれば、開発面でも実装の過程でもいろいろな産業界にとって大きなメリットになる。シミュレーションやデータ取得のプラットフォームとして大きな価値を持つはずです。