本対談では建築家の豊田啓介氏がホストとなり、都市分野におけるデータ連携やIoT(インターネット・オブ・シングズ)の現実を東京大学大学院情報学環教授の越塚登氏に聞いてきた。最終回となる今回は、他国の追従でないスマートシティー関連技術のビジネスを日本企業が構築できるかがテーマとなった。
前回(第4回)は、スマートシティーやスーパーシティーを開発する中で、現実の世界と仮想の世界の関係をどう考えるのか、それらをどのような観点で結び付けるのかを語り合った。また、豊田氏の提唱する空間デジタル記述の汎用プラットフォーム「コモングラウンド」の話題にも踏み込んだ。
最終回となる今回は、データ連携やIoTなどスマートシティー分野の技術に関するビジネスの変革は、日本で起こり得るのかを語り合った。
[第5回のポイント]
IoTとAI(人工知能)の台頭でスモールソリューションがビジネス進展のカギになる。その予兆は、地方都市に表れている。地方の小さな会社からもITビジネスを変革できる余地がある。今回は以下の3つの見解を示す。
5-1)IoTとAIの台頭がビジネスモデルを変える
5-2)地方の小さな会社に主導権を握らせる
5-3)対巨大企業の変革を諦める必要はない
5-1)IoTとAIの台頭がビジネスモデルを変える
越塚 コンピューターの話から少し離れますが、最近、地方の仕事を楽しんでいます。そのとき、なぜ東京からわざわざ来るんだと不思議がられるんです。
何のためにと聞かれたら、おいしいものを食べたいから、みなさんと酒を飲んで語り合いたいから、という受け答えをしています。まじめな話をするのも気恥ずかしいですからね。
豊田 まじめな話をすると、地方都市の規模感が技術の実証実験に向いているのですか?
越塚 いや、そもそも研究では中央か地方かという考え方を取っていないんです。やっぱり日本という枠組みが前提になる。当然ながら東京以外のところもあって、全体で日本ですから。
ところが全国を巡っていると、東京という国と地方という国の2つの別の「国」があるように感じられるんです。
「東京の人に地方の事情なんか分からないだろう」とか、その逆であるとか。全く別の国のように考えている人が多い。「そんなはずはない、だって同じ国じゃないか」と僕は言っているんですけどね。
豊田 様々な意味で役割分担をしているわけですからね。
越塚 そう。日本全国を全て東京みたいにはできませんし、そうしたら国は破綻します。その中で経済的に損をする地方も現れざるを得ない。そこはトータルなバランスで、公的な助成などによって補わなければなりません。
「スモールソリューションの塊を考えないといけない」
越塚 そうした中で特にITの世界をみると、スマートシティー関連を含めて地方に成功したビジネスモデルが現れていない現実がある。深掘りするうちに明らかになったのは、地方には日本のIT業界全体の課題が分かりやすい形で顕在化している。面白いなと思ったんですよ。
豊田 どのように顕在化しているのですか?
越塚 当然ながら、地方では1つずつのマーケットが小さい。その小さいマーケットを積み重ねるようなビジネスモデルがIT業界には生まれていないんです。
豊田 それは想像できますね。
越塚 でも、そんなことを言ったら、パナソニック創業者の松下幸之助さんだって似たような状況から始めている。経営の世界で知られている「水道哲学」という考え方です。
水道水のように、広く薄くあまねく国民全体に行き渡らせる。そうやって幸福をつくり出すのが企業の役割だと説いている。今のIT業界に必要な言葉ですよ。
豊田 インターネットの特性とされるロングテールはそういう話ですね。確かに広く薄くあまねくが得意なはずです。
越塚 広く薄くあまねくといっても、今までのような大量生産によってスケールさせるビジネスとは当然違います。
特にIoTやAIは、そのつど別個のソリューションに組み込まれるようなプロダクトなんです。ビジネスの対象としてはスモールソリューションの塊を考えないといけない。
規模が小さいソリューションを数多くこなせるビジネスにしない限り、IoTやAIの分野では勝てません。地方のマーケットで、それが明らかになっている。
でも、それは地方だけの問題ではない。IoTやAIに注力しないといけない中で、小さなソリューションに対応できるビジネスモデルに、全体としてシフトすべき時期に来ているんです。
豊田 なるほど。新しい社会の形として本質的な話なんですね。
5-2)地方の小さな会社に主導権を握らせる
越塚 地方で仕事をすると分かるのは、今のITゼネコン的なやり方ではスモールビジネスは無理なんです。図体が大きいので、それに見合うことしかできない。
よく冗談で言っているのが「8人の法則」というものです。大手さんと仕事をしていると、ミーティングには必ず8人やって来る(笑)。それから「3000万円の法則」。見積書はミニマムラインで3000万円なんですね。
豊田 確かにそれはある気がします。それ以下はあり得ない。
越塚 あり得ない。
組織が縦割りになっているので、私は営業部門です、私は戦略部門です、私はSE(システムエンジニア)ですというふうに分かれてしまっている。1人で来いと言ったって無理なんですよ。
地方には本来、機動力を持つIT会社がたくさんある。建築なら工務店があるのと同じです。でも日本の地方自治体って、地元の小さな会社には仕事を発注しないわけです。
豊田 建築であればゼネコンに頼るのと同じ構図ですね。
越塚 そう、ゼネコンのようなところに発注する。
「大手は地方にある小さな会社の下請けに回るべきだ」
越塚 そうすると小さいところは下請けに回るので、みんなゼネコンの方を向いて仕事をするようになる。IoTやAIが主流になる時代には、今の商流を逆向きにしちゃった方がいいんですよ。
豊田 まさに僕らのような会社が苦労している部分です。実感としても、小規模で専門性が高い会社だからこそ、大手企業への入り口を担い得る場面は増えています。
越塚 小さいところに発注するのは確かにリスク面で不安です。だから行政は、そのリスクヘッジをする役割を担ってほしい。
その仕事で生まれたサービスを全国展開や世界展開するチャンスが生まれ、バックエンドに立派なインフラが必要になったら、大手と連携する。つまり大手は地元にある小さな会社の下請けに回るべきなんです。下請けという言葉が悪ければ、バックエンドのインフラサービスといっても良いと思います。
今は、それが全く逆。スマートシティーの開発主体は、その辺の変革を意識しながら事業に臨んだ方がいい。
豊田 そうした双方向性がある方が、都市部や地方という差異を超えたエコシステムを構築するためにも望ましい。時代の流れを考えても合理的なはずですよね。